株式会社が退任取締役に対し株主総会の決議等を経ることなく支給された退職慰労金相当額の金員につき不当利得返還請求をする場合において,(1)当該会社では発行済株式総数の99%以上を保有する代表者が内規に基づく退職慰労金の支給を決裁することにより株主総会の決議に代えてきた,(2)退任取締役が上記内規に基づく退職慰労金の支給を催告したところその約10日後に上記金員の送金がされ,これにつき代表者の決裁はなかったものの,当該会社が退任取締役に対しその返還を明確に求めたのは送金後1年近く経過してからであったなど判示の事実関係の下においては,代表者が上記送金をその直後に認識していた事実や退任取締役が従前退職慰労金を支給された退任取締役と同等以上の業績を上げてきた事実の有無等につき審理判断することなく,当該会社による上記請求は信義則に反せず,権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,違法がある。 (反対意見がある。)
株式会社が株主総会の決議等を経ることなく退任取締役に支給された退職慰労金相当額の金員につき不当利得返還請求をすることが信義則に反せず権利の濫用に当たらないとした原審の判断に違法があるとされた事例
民法1条2項,民法1条3項,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)269条,会社法361条
判旨
取締役の退職慰労金支給に不可欠な株主総会決議を欠く場合でも、長年の慣行や代表取締役による黙認、支給の経緯等の具体的諸事情に照らし、不当利得返還請求が信義則に反し許されない場合がある。
問題の所在(論点)
取締役の退職慰労金支給に関する株主総会決議を欠く場合に、会社が行う不当利得返還請求が信義則(民法1条2項)または権利濫用(同3項)により制限されるための要件。
規範
株主総会決議(会社法361条1項)を欠く退職慰労金の支給は、原則として法律上の原因を欠き不当利得となる。しかし、①当該会社において総会決議を経ずに代表者の決裁で支給する慣行が存在し、②受領者が代表者の決裁を経たものと信じるにつき相当な理由があり、③代表者が支給を事実上黙認していたと評価でき、かつ④受領者の業績等に照らし不支給とすべき合理的な理由がない等の特段の事情がある場合には、会社による返還請求は信義則に反し、権利の濫用として許されない。
重要事実
会社(被上告人)は代表者が株式の99%超を保有する同族会社で、内規に基づき代表者の決裁のみで退職慰労金を支給し、事後に株主総会で計算書類の承認を受ける運用が定着していた。取締役を退任した上告人が内規に基づく支給を催告したところ、総会決議や代表者決裁を経ないまま、担当者から約4,745万円が送金された。会社は約1年後に民事再生手続の中で不当利得返還を請求したが、上告人は長年の貢献や支給の経緯から、本請求は信義則に反すると主張した。
あてはめ
本件では、株式の圧倒的多数を保有する代表者の決裁が総会決議に代わる実態があった。上告人が催告後すぐに送金を受け、会社が約1年間返還を求めなかった点に照らせば、上告人が代表者の決裁ありと信じたことには無理からぬ面がある。また、代表者が送金直後にこれを認識していれば黙認したと評価し得る。さらに、上告人が他者と同等以上の業績を上げていた事実があれば、これらを総合し、不支給とすべき合理的理由等の「特段の事情」がない限り、返還請求は認められないと解される。
結論
株主総会決議を欠く不当利得返還請求であっても、支給の慣行や代表者の認識、取締役の業績等の諸事情により特段の事情が認められる場合には、信義則上、請求が棄却される余地がある。原審はこれらの点を十分に審理していないため、破棄差し戻しを免れない。
実務上の射程
会社法361条1項の趣旨(お手盛り防止)を重視しつつ、同族会社等における実態的な公平を図る射程を持つ。答案上は、まず原則として総会決議欠如による不当利得の成立を認めた上で、事案の特殊性(支配株主の意向、慣行、受領者の善意・無過失等)を拾い上げ、信義則による修正を検討する際の規範として活用する。
事件番号: 昭和44(オ)609 / 裁判年月日: 昭和44年10月28日 / 結論: 棄却
株式会社の役員であつた者に対する退職慰労金について、株主総会の決議により、その金額などの決定をすべて無条件に取締役会に一任することは許されないというべきであるが、これと異なり、株主総会の決議において、明示的もしくは黙示的に、その支給に関する基準を示し、具体的な金額、支払期日、支払方法などは右基準によつて定めるべきものと…
事件番号: 平成21(受)319 / 裁判年月日: 平成21年12月4日 / 結論: その他
更生会社であった貸金業者において,届出期間内に届出がされなかった更生債権である過払金返還請求権につきその責めを免れる旨主張することは,管財人又は更生会社が,顧客に対し,過払金返還請求権が発生している可能性があることやその届出をしないと更正会社がその責めを免れることにつき注意を促さず,保全管理人が上記貸金業者の発行したカ…
事件番号: 平成21(受)1154 / 裁判年月日: 平成22年3月16日 / 結論: 破棄差戻
株主総会の決議を経て,役員に対する退職慰労金の算定基準等を定める会社の内規に従い支給されることとなった会社法361条1項にいう取締役の報酬等に当たる退職慰労年金について,退任取締役相互間の公平を図るため集団的,画一的な処理が制度上要請されているという理由のみから,上記内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼし,その同…
事件番号: 令和4(受)1780 / 裁判年月日: 令和6年7月8日 / 結論: 破棄自判
退任取締役の退職慰労金につき、退任時の報酬月額等により一義的に定まる額を基準とするが、退任取締役のうち在任中特に重大な損害を与えたものに対しこの基準額を減額することができること等を定める内規が存在する株式会社の株主総会において、取締役を退任する者の退職慰労金について、上記内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の…