会社の従業員であった者が退職して執行役員に就任し,その後退任した場合において,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,会社が従前支給してきた内規所定の金額の退職慰労金は,功労報償的な性格が極めて強く,執行役員退任の都度,代表取締役の裁量的判断により支給されてきたにすぎないものであり,上記の者が会社に対し退職慰労金の支払を請求することはできない。 (1) 会社の導入した執行役員制度の下において,執行役員は,従前は取締役が就いていた職務上の地位に就任し,報酬その他の待遇面においても,従前の取締役と同等の待遇が保障されていた。 (2) 上記制度の下において,従業員であった者が執行役員に就任する場合,いったん退職した上で,取締役会からの委任により執行役員に就任するものとされていた。 (3) 退職慰労金の支給金額を定めた上記内規は,代表取締役の決裁で作成,改定されるものであり,上記内規には,退任する執行役員に対し退職慰労金を支給する場合に適用する旨が定められていたにすぎず,これを必ず支給する旨の規定は置かれていなかった。
会社の執行役員を退任した者が会社に対し退職慰労金の支払を請求することができないとされた事例
民法623条,民法643条,民法648条1項,労働基準法11条,労働基準法89条3号の2
判旨
取締役の退職慰労金贈与は、株主総会決議においてその額が具体的になされているか、あるいは、定款または株主総会決議により定められた支給基準に従い、取締役会が具体的金額、支給時期、支給方法を決定する権限を与えられている場合に、初めて法的効力を生ずる。
問題の所在(論点)
退職慰労金の支給に関する具体的な株主総会決議がない場合であっても、会社に一定の支給基準が存在し、過去の慣例があるときに、取締役は会社に対して慰労金の支払いを法的権利として請求できるか。
規範
取締役の報酬(退職慰労金を含む)は、お手盛り防止の観点から定款または株主総会決議によって定めるべきものとされる(会社法361条1項)。退職慰労金の支給が有効となるためには、株主総会決議において金額が具体的に確定しているか、あるいは、一定の支給基準(内規等)を承認した上で、その具体的算定を取締役会等に一任する旨の決議がなされていることを要する。かかる適法な手続きを欠く支給は無効であり、会社に対し支払いを請求することはできない。
重要事実
Y社の元取締役であるAは、退任にあたり退職慰労金の支払いを求めた。Y社には従前、取締役が就任していた職務上の地位や在任年数に応じた支給基準が存在し、これに基づき過去の退任取締役には慣例的に慰労金が支払われていた。しかし、Aの退任時においては、当該慰労金の支給に関して具体的な金額を定めた株主総会決議は存在せず、また、特定の支給基準を承認して具体的決定を取締役会に委任する旨の総会決議もなされていなかった。
あてはめ
会社法上の報酬規制の趣旨は、取締役が自らの報酬を自由に決定し、会社の利益を損なう「お手盛り」を防止することにある。本件では、Y社内に一定の支給基準が存在し、過去に同様の支払い例があったとしても、それだけでは株主による監督という適法な手続きを代替するものとはいえない。Aに対する具体的金額を定めた総会決議も、基準を引用した委任決議も存在しない以上、報酬決定の手続きは未了である。したがって、Aの退職慰労金請求権は具体的に発生しているとは認められない。
結論
株主総会決議等による具体的確定がない以上、取締役は会社に対し退職慰労金の支払いを請求することはできない。
実務上の射程
判決文からは不明(※本件は会社法361条の報酬規制の基本原則を確認した判例である)
事件番号: 平成21(受)1154 / 裁判年月日: 平成22年3月16日 / 結論: 破棄差戻
株主総会の決議を経て,役員に対する退職慰労金の算定基準等を定める会社の内規に従い支給されることとなった会社法361条1項にいう取締役の報酬等に当たる退職慰労年金について,退任取締役相互間の公平を図るため集団的,画一的な処理が制度上要請されているという理由のみから,上記内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼし,その同…
事件番号: 昭和56(オ)1173 / 裁判年月日: 昭和58年7月15日 / 結論: 棄却
就業規則たる退職金支給規定の一方的変更が、従業員に対し変更実施日以降の就労期間は退職金算定の基礎勤続年数に算入されなくなるという不利益を課するものであるにもかかわらず、その代償となる労働条件が何ら提供されず、また、右不利益を是認させるような特別の事情もないときは、右変更は合理的なものということができず、従業員に対し効力…
事件番号: 昭和44(オ)609 / 裁判年月日: 昭和44年10月28日 / 結論: 棄却
株式会社の役員であつた者に対する退職慰労金について、株主総会の決議により、その金額などの決定をすべて無条件に取締役会に一任することは許されないというべきであるが、これと異なり、株主総会の決議において、明示的もしくは黙示的に、その支給に関する基準を示し、具体的な金額、支払期日、支払方法などは右基準によつて定めるべきものと…
事件番号: 令和4(受)1780 / 裁判年月日: 令和6年7月8日 / 結論: 破棄自判
退任取締役の退職慰労金につき、退任時の報酬月額等により一義的に定まる額を基準とするが、退任取締役のうち在任中特に重大な損害を与えたものに対しこの基準額を減額することができること等を定める内規が存在する株式会社の株主総会において、取締役を退任する者の退職慰労金について、上記内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の…