株式会社の従業員らが営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上したため有価証券報告書に不実の記載がされ,その後同事実が公表されて当該会社の株価が下落し,公表前に株式を取得した株主が損害を被ったことにつき,次の(1)〜(3)などの判示の事情の下では,当該会社の代表者に,従業員らによる架空売上げの計上を防止するためのリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるとはいえない。 (1) 当該会社は,営業部の所属する事業部門と財務部門を分離し,売上げについては,事業部内の営業部とは別の部署における注文書,検収書の確認等を経て財務部に報告される体制を整えるとともに,監査法人及び当該会社の財務部がそれぞれ定期的に取引先から売掛金残高確認書の返送を受ける方法で売掛金残高を確認することとするなど,通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていた。 (2) 上記架空売上げの計上に係る不正行為は,事業部の部長が部下である営業担当者数名と共謀して,取引先の偽造印を用いて注文書等を偽造し,これらを確認する担当者を欺いて財務部に架空の売上報告をさせた上,上記営業担当者らが言葉巧みに取引先の担当者を欺いて,監査法人等が取引先あてに郵送した売掛金残高確認書の用紙を未開封のまま回収し,これを偽造して監査法人等に送付するという,通常容易に想定し難い方法によるものであった。 (3) 財務部が売掛金債権の回収遅延につき上記事業部の部長らから受けていた説明は合理的なもので,監査法人も当該会社の財務諸表につき適正意見を表明していた。
株式会社の従業員らが営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上したため有価証券報告書に不実の記載がされ,株主が損害を被ったことにつき,会社の代表者に従業員らによる架空売上げの計上を防止するためのリスク管理体制構築義務違反の過失がないとされた事例
会社法350条
判旨
取締役の善管注意義務として求められる内部統制システムの構築・運用義務に関し、通常の想定し難い巧妙な手口による不正行為までを当然に防止すべき義務はなく、体制が相応に整備・運用されていた場合には、直ちに義務違反は認められない。
問題の所在(論点)
取締役の任務懈怠(会社法423条1項)の有無。特に、巧妙な手口による不正を見抜けなかった場合に、内部統制システムの構築・運用義務違反が認められるか。
規範
会社法348条3項4号(または362条4項6号)に基づき、取締役は適切な内部統制システムを構築し、これを運用すべき善管注意義務を負う。もっとも、この義務は、あらゆる不正を未然に防止することを求めるものではなく、当時の状況に照らし通常想定されるリスクに対し、相応の体制を構築・運用していれば足りる。特段の不審事由がない限り、他の役社員の適正な職務執行を信頼してよく、想定し難い巧妙な手法による不正までをも察知すべき義務を負うものではない。
重要事実
上場会社である被告会社において、営業部長Aが架空の売上げを計上する不正行為を行った。同社では、経理部から顧客へ直接売掛金の残高確認書を郵送し、返送を受けるという一般的な不正防止策(内部統制)を導入していた。しかし、Aは顧客担当者と共謀し、郵便物の転送手続きを利用して、会社から顧客宛ての確認書を自分宛てに転送させ、自ら虚偽の回答を作成して返送するという巧妙な手口を用いていた。この結果、計上されていた多額の架空売上と残高確認結果が一致し、監査法人も不正を見抜けなかった。
あてはめ
被告会社は、残高確認書を直接郵送・回収するという、通常想定される不正を防止するために有効な体制を構築し、運用していた。Aによる「転送届の悪用と顧客との共謀」という手法は、通常想定し難い極めて巧妙なものであり、既存の体制を前提とすれば不正は発見できない。取締役らにAの不正を疑うべき具体的な端緒があったとは認められず、信頼の原則が妥当する。したがって、結果として不正を見逃したとしても、内部統制システムの構築・運用において、取締役としての善管注意義務を尽くしていなかったとはいえない。
結論
取締役の任務懈怠は認められない。よって、損害賠償請求は棄却されるべきである。
実務上の射程
内部統制システム構築義務の範囲を「通常想定されるリスク」に限定し、役員に無過失責任に近い過大な負担を課さないことを明確にした。同時に、不正の端緒(不審事由)がない場合の「信頼の原則」の適用範囲を示唆している。
事件番号: 平成17(受)1372 / 裁判年月日: 平成20年1月28日 / 結論: その他
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