相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合には,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,相続人間においては当該相続人が相続債務もすべて承継したと解され,遺留分の侵害額の算定に当たり,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されない。
相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合において,遺留分の侵害額の算定に当たり,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することの可否
民法427条,民法899条,民法902条,民法908条,民法1029条,民法1031条
判旨
「全財産を相続させる」旨の遺言がある場合、特段の事情がない限り債務も当該相続人が承継し、遺留分権利者の侵害額算定において法定相続分の債務額を加算することはできない。
問題の所在(論点)
「全財産を相続させる」旨の遺言がある場合、遺留分侵害額の算定(民法1046条等。旧法下の事案)において、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算できるか。当該遺言が債務の承継関係に及ぼす影響が問題となる。
規範
「相続人の1人に財産全部を相続させる」旨の遺言は、特段の事情のない限り、相続債務も当該相続人にすべて相続させる意思が表示されたものと解すべきである。この場合、相続人間では当該相続人が相続債務をすべて承継する。したがって、遺留分侵害額の算定においては、遺留分権利者が負担すべき相続債務は存在しないため、法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されない。遺留分権利者が債権者に弁済した場合も、受遺者への求償権が発生するにとどまり、侵害額算定には影響しない。
重要事実
事件番号: 平成5(オ)947 / 裁判年月日: 平成8年11月26日 / 結論: 破棄差戻
被相続人が相続開始時に債務を有していた場合における遺留分の侵害額は、被相続人が相続開始時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに法定の遺留分の割合を乗じるなどして算定した遺留分の額から遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、…
被相続人Aは、子の一方である被上告人に「全財産を相続させる」旨の公正証書遺言を遺した。Aの死後、他方の子である上告人が遺留分減殺請求権を行使。Aには約4.3億円の積極財産のほか、約4.2億円の消極財産(債務)があった。上告人は、可分債務は当然に法定相続分(2分の1)で分割承継されるため、その債務額(約2.1億円)を遺留分の額に加算して侵害額を算定すべきと主張した。
あてはめ
本件遺言は全財産を被上告人に相続させるものであり、債務を被上告人にすべて承継させる意思がない等の特段の事情は認められない。よって、相続人間では被上告人がすべての債務を承継し、上告人は債務を承継しない。遺留分侵害額の算定は「相続人間で最終的に取り戻すべき額」を算出するものであるから、実質的に債務を負担しない上告人の侵害額算定において、形式的な法定相続分の債務額を加算することはできない。
結論
上告人の遺留分侵害額の算定において、相続債務の額を加算することはできない。上告人の請求を棄却した原審の判断は正当である。
実務上の射程
「特定の遺産を相続させる」旨の遺言(遺産分割方法の指定)が債務承継に及ぼす効果を明示した。対外的な債権者との関係では法定相続分が維持されるが、相続人間(遺留分侵害額の算定)では遺言の趣旨が優先されるという内部的効力と外部的効力の峻別が実務上のポイントとなる。
事件番号: 平成5(オ)342 / 裁判年月日: 平成9年7月17日 / 結論: その他
減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的である不動産の持分移転登記手続を求める訴訟において、受遺者が、事実審口頭弁論終結前に、裁判所が定めた価額により民法一〇四一条の規定による価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には、裁判所は、右訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上、受遺者が右の額を支払…
事件番号: 平成10(オ)994 / 裁判年月日: 平成12年5月30日 / 結論: 破棄自判
遺贈の対象不動産についてされた共同相続登記を右登記後の遺留分減殺請求による持分の相続登記に更正することはできない。 (補足意見がある。)
事件番号: 平成10(オ)1499 / 裁判年月日: 平成11年12月16日 / 結論: その他
特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言がされた場合において、他の相続人が相続開始後に当該不動産につき被相続人から自己への所有権移転登記を経由しているときは、遺言執行者は、右所有権移転登記の抹消登記手続のほか、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができる。
事件番号: 平成21(受)1097 / 裁判年月日: 平成22年12月16日 / 結論: その他
不動産の所有権が,元の所有者から中間者に,次いで中間者から現在の所有者に,順次移転したにもかかわらず,登記名義がなお元の所有者の下に残っている場合において,現在の所有者が元の所有者に対し,元の所有者から現在の所有者に対する真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を請求することは許されない。