受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において,受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては,払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たるとしても,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは,権利の濫用に当たるということはできない。
振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合における受取人による当該振込みに係る預金の払戻請求と権利の濫用
民法1条3項,民法666条
判旨
振込みの原因となる法律関係が不在であっても受取人は預金債権を取得し、その行使は特段の事情がない限り権利濫用とはならない。預金者が不当利得返還義務を負うという事実だけでは、払戻請求を拒む正当な理由にはならない。
問題の所在(論点)
振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合、受取人による預金払戻請求が権利の濫用として制限されるか。
規範
振込依頼人と受取人の間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行の間に振込金額相当の預金契約が成立し、受取人は預金債権を取得する。受取人が振込依頼人に対し不当利得返還義務を負う場合であっても、預金債権の行使が不当利得返還義務の履行手段等に限定される理由はない。したがって、当該払戻請求が詐欺等の犯行の一環を成すなど、払戻しを認めることが「著しく正義に反するような特段の事情」がない限り、権利の濫用(民法1条3項)には当たらない。
重要事実
X(上告人)の夫Bの定期預金通帳等を盗んだ窃取者らが、Bの口座を解約し、その解約金約1100万円をXの普通預金口座に振り込ませた(本件振込み)。その後、窃取者らの依頼を受けた者がX名義の通帳等を用いて銀行Y(被上告人)から同額を払い戻した。XはYに対し、本件振込み相当額の預金払戻しを求めたが、Yは、Xには振込みの原因関係がなく不当利得返還義務を負うこと等を理由に、Xの請求は権利の濫用であると主張した。
事件番号: 平成16(受)2134 / 裁判年月日: 平成17年7月11日 / 結論: その他
甲銀行に対し預金債権を有していた丁の死亡により,乙,丙及び戊が当該預金債権を相続したのに,甲銀行が当該預金債権の全額を乙及び丙に払い戻したこと,乙及び丙は,戊の法定相続分相当額の預金については,これを受領する権限がなかったにもかかわらず,払戻しを受けたものであり,この払戻しが債権の準占有者に対する弁済に当たるということ…
あてはめ
本件振込みは窃取された通帳等に基づき、原因法律関係なく行われたものである。しかし、原因関係の不在によりXが不当利得返還義務を負うとしても、それだけで預金債権の行使が制限されるものではない。本件の経緯をみるに、Xによる払戻請求が詐欺等の犯行の一環であるといった事情は認められず、銀行が第三者に誤って払い戻した事実はXの権利行使を妨げる「特段の事情」には当たらない。したがって、Xの請求は権利の濫用ではない。
結論
受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負うというだけでは、預金払戻請求は権利の濫用に当たらない。
実務上の射程
振込における原因関係の成否と預金債権の成立を切り離す「振込の性質」を再確認した判例である。答案上では、誤振込や不正な振込であっても原則として受取人の預金債権成立を認めた上で、権利濫用の成否を「著しく正義に反する特段の事情」の有無で検討する枠組みとして活用する。
事件番号: 平成16(受)458 / 裁判年月日: 平成16年10月26日 / 結論: 棄却
甲が,乙と共に相続した預金債権のうちの乙の法定相続分に当たる部分について何らの受領権限もないのに受領権限があるものとして金融機関から払戻しを受けていながら,その払戻しに係る金員について乙が提起した不当利得返還請求訴訟において,一転して,上記払戻しは民法478条の弁済として有効であるとはいえず,乙が上記金融機関に対して乙…