1 責任能力判断の前提となる生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度について,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである。 2 統合失調症の幻覚妄想の強い影響下で行われた本件傷害致死の行為(判文参照)について,それが犯罪であることを認識し,後に自首しているなど,一般には正常な判断能力を備えていたことをうかがわせる事情があるからといって,そのことのみによって,その行為当時,被告人が心神喪失ではなく心神耗弱にとどまっていたと認めることは困難である。
1 責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度について,精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合における,裁判所の判断の在り方 2 統合失調症による幻覚妄想の強い影響下で行われた行為について,正常な判断能力を備えていたとうかがわせる事情があるからといって,そのことのみによって被告人が心神耗弱にとどまっていたと認めるのは困難とされた事例
(1,2につき)刑法39条
判旨
被告人が犯行当時、統合失調症等の精神障害の影響により、自身の行為が法的に許容されないものであるとの認識(事物の理非善悪を弁別する能力)を著しく欠き、またはその認識に従って行動する能力を著しく欠いていた場合には、心神耗弱(刑法39条2項)と解すべきであり、その判断にあたっては専門家たる精神科医の意見を十分に尊重しつつも、犯行の動機、態様、犯行前後の言動等の諸般の事情を総合して裁判所が法的評価を下すべきである。
問題の所在(論点)
刑法39条2項の心神耗弱の成否において、精神鑑定における専門的知見と、犯行態様等の事実認定をどのように整合させ、法的評価を下すべきか。
規範
責任能力の有無・程度は、精神障害の有無および程度、それが犯行に与えた影響の有無および程度を総合して判断される法的評価の問題である。裁判所は、鑑定人の意見を尊重すべきではあるが、これに拘束されるものではない。具体的には、犯行の動機・態様・経過、犯行前後の被告人の言動などの生活実態(心理学的要素)を重視し、事物の理非善悪を弁別し、それに従って行動する能力が著しく減退していたか否かを検討すべきである。
重要事実
被告人は統合失調症に罹患しており、犯行当時、「神の声」や「他人のイメージが頭に入り込む」といった幻聴や妄想の強い影響下にあった。被告人は、被害者が自分を馬鹿にしているという被害妄想を抱き、突発的に激高して本件犯行(殺傷行為)に及んだ。犯行中も「死ね」「電話しろ」といった意味をなさない叫び声をあげていた。鑑定意見では、被告人が犯行時に自身の行動を制御する能力が著しく低下していたことが指摘されていたが、原審は一部の行動(追跡を中断した等)を捉えて、完全な責任能力を肯定していた。
あてはめ
被告人の犯行は、客観的に見れば一連の動作として成立しているものの、その動機は統合失調症による幻聴・妄想に基づいたものであり、極めて不合理かつ突発的である。犯行時の言動も病的な興奮状態を示しており、正常な精神状態に基づくものとは言い難い。原審が重視した「追跡の中断」等の事情は、幻覚等の圧倒的な影響下においても生じ得る限定的な合理性に過ぎず、これをもって直ちに十分な行動制御能力があったと評価することは困難である。したがって、鑑定意見が示す精神障害の深刻さと、実際の犯行時の異常な言動を照らし合わせれば、被告人は事理弁別能力または行動制御能力が著しく減退した状態にあったと認められる。
結論
被告人の犯行当時の状態は、精神障害の影響により事理弁別能力または行動制御能力が著しく減退していたものと認められるため、心神耗弱(刑法39条2項)が成立する。原判決を破棄し、差し戻すべきである。
実務上の射程
精神障害を有する被告人の責任能力判断において、単に行動の連関性や合目的性のみを捉えるのではなく、その背景にある病理的影響(動機の不合理性等)を重視すべきであることを示した。実務上、精神鑑定の結果と裁判所の認定が乖離する場合の審査のあり方を規律する指針となる。
事件番号: 昭和26(れ)653 / 裁判年月日: 昭和26年11月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】犯行当時に心神耗弱の状態にあったとしても、その事実のみをもって直ちに検察官面前調書作成時においても同様の状態にあったとは認められない。 第1 事案の概要:被告人が犯行当時、心神耗弱の状態にあったと主張される事案において、弁護人は、検察官による聴取書(検面調書)作成時も同様の状態であったとして、憲法…
事件番号: 平成20(あ)1718 / 裁判年月日: 平成21年12月8日 / 結論: 棄却
1 裁判所は,特定の精神鑑定の意見の一部を採用した場合においても,責任能力の有無・程度について,当該意見の他の部分に拘束されることなく,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定することができる。 2 精神医学者の精神鑑定における意見のうち被告人が心神喪失の状態にあったとする部分を前提資…
事件番号: 平成25(あ)729 / 裁判年月日: 平成27年5月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】責任能力の判断において、精神障害の有無等の専門家意見は尊重すべきだが、鑑定が犯行に特有な事情(被告人の性格や確執の経緯等)への考察を欠く場合は「採用し得ない合理的な事情」があるといえる。本件では妄想性障害の影響を認めつつも、犯行の合目的性や現実的動機に基づき、完全責任能力を肯定した原判断を維持した…