弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成する。 (補足意見がある。)
弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が不法行為を構成する場合
民法709条,弁護士法58条1項
判旨
弁護士会の懲罰手続において、懲罰事由が全く存在しないか、あるいはその存在を疑うに足りる相当な理由がないにもかかわらず、懲罰を申し立てた行為は、不法行為(民法709条)を構成する。また、同手続に関与する弁護士等の専門職は、通常の注意を払えば懲罰事由の不存在を知り得た場合には、過失による不法行為責任を負う。
問題の所在(論点)
懲罰事由を欠く懲戒請求(懲罰の申立て)が不法行為(民法709条)を構成するための要件、および弁護士が申立てを行う際の注意義務の程度。
規範
弁護士会に対する懲罰事由の申立てが不法行為を構成するためには、単に懲罰事由が認められないだけでなく、①懲罰を申し立てる際、申立人が懲罰事由の不存在を知っていたこと、または、②通常人として当然払うべき注意を払えば懲罰事由がないことを知り得たにもかかわらず、あえて申立てを行った場合であることを要する。弁護士等の専門職が申立に関与する場合、その職業上の知見に照らして期待される「普通の注意」を基準に過失の有無を判断すべきである。
重要事実
弁護士AはBの代理人として、Cら(相手方弁護士)に対し、訴訟上の和解成立後に「不当な提訴であり懲罰に値する」等として、所属弁護士会に懲戒(懲罰)請求を行った。しかし、実際には訴訟は和解で終了しており、Cらの提訴行為が直ちに不当とされる事由は存在しなかった。Aは法律家として懲戒事由の存否を客観的に検討し得る立場にあったが、Bの意向を汲む形で、十分な調査・検討を欠いたまま申立てを強行した。結果として、Cらは不当な懲罰手続に応じざるを得ない精神的・社会的苦痛を被った。
あてはめ
本件において、懲罰の申立ての根拠とされた事実は、訴訟における通常の代理行為の範囲内であり、懲罰事由が全く存在しないことは法律家であれば容易に判断可能であったといえる。それにもかかわらず、Aは「法律家としての専門的知見」に基づき懲罰事由の存否を確認すべき義務を怠り、漫然と申立てを行った。これは、通常人であれば(ましてや弁護士であれば)払うべき注意を払えば懲罰事由の不存在を知り得たといえる状態であり、過失による不当な申立てに該当すると評価される。懲罰手続は対象者に重大な不利益と名誉毀損をもたらす性質を有することから、本件申立ては違法性を有すると解される。
結論
被告(Aら)は、懲罰事由の不存在につき過失があるため、原告(Cら)に生じた損害(慰謝料等)を賠償する責任を負う。
実務上の射程
判決文からは不明(ただし、弁護士による不当な懲戒請求全般に対して適用される基準である)
事件番号: 昭和60(オ)122 / 裁判年月日: 昭和63年1月26日 / 結論: 破棄自判
訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる。