判旨
旧優生保護法(昭和23年法律第156号)に基づき、優生手術を受けさせられたことによる損害賠償請求権につき、除斥期間の起算点や適用を厳格に認めることは著しく正義・公平の理念に反し、不法行為から20年の経過をもって請求権が消滅する(民法724条後段)とすることはできない。
問題の所在(論点)
旧優生保護法に基づく強制不法行為にかかる国家賠償請求において、旧民法724条後段(除斥期間)を適用して請求権の消滅を認めることが許されるか。
規範
民法724条後段(改正前)の規定する除斥期間は、客観的起算点から一定期間の経過により画一的に権利を消滅させるものである。しかし、国が憲法に違反する立法措置により個人の尊厳を著しく侵害する被害を組織的に発生させ、かつ、情報の秘匿や偏見の助長等により被害者が損害賠償請求を行うことを著しく困難にする事由を作り出していた場合において、同条項をそのまま適用して賠償責任を免れさせることは、著しく正義・公平の理念に反する。したがって、このような特段の事情がある場合には、信義則上または権利濫用の禁止に基づき、同条項の適用を制限すべきである。
重要事実
上告人らは、旧優生保護法に基づき、本人らの同意なく生殖能力を喪失させる優生手術を強制された。同法は後に憲法違反と判断されたが、長年にわたり国はその違憲性を認めず、補償措置も講じなかった。被害者らは手術の存在を隠される、あるいは差別的な社会情勢により権利行使が極めて困難な状況に置かれていた。上告人らが不法行為から20年を経過した後に損害賠償を求めて提訴したところ、国は除斥期間の経過による権利消滅を主張した。
あてはめ
本件における国の行為は、憲法違反の立法に基づく組織的な人権侵害であり、その内容は身体の自由および生殖の自由を根底から覆す極めて重大なものである。国は長期間にわたり優生手術の正当性を強調し、被害者が被害の性質を理解したり権利を主張したりすることを困難にする社会的構造を維持してきた。このような状況下で、国自らが作り出した権利行使の障害を等閑視し、20年の経過のみをもって国の責任を免除することは、客観的な正義・公平に著しく反する。よって、本件においては除斥期間の適用を排除すべき特段の事情が認められる。
結論
国による除斥期間の援用は、信義則に反し、または権利の濫用として許されない。上告人らの損害賠償請求権は消滅していない。
事件番号: 昭和49(行ツ)109 / 裁判年月日: 昭和50年9月11日
【結論(判旨の要点)】不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間について、民法724条後段(改正前)の20年は除斥期間であり、時効の中断(更新)や停止に関する規定は適用・類推適用されない。 第1 事案の概要:上告人は、被上告人に対し、不法行為(医療事故等)を原因とする損害賠償請求訴訟を提起した。しかし、当該不法行為が…
実務上の射程
除斥期間の画一的適用を、信義則・権利濫用の法理(民法1条2項、3項)により否定した極めて重要な判例。国家による組織的な重大な人権侵害がある場合に、その適用を制限する枠組みを示しており、同様の構造を持つ大規模公害や人権問題に関する答案での援用が期待される。ただし、適用制限には「正義・公平の理念に反する」という高いハードルが設定されている点に注意が必要である。
事件番号: 令和4(受)1411 / 裁判年月日: 令和6年7月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】旧優生保護法に基づき不妊手術を強いられた被害者の損害賠償請求権について、除斥期間の経過による消滅を認めることは著しく正義・公平の理念に反し到底容認できない。したがって、国が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し権利の濫用として許されない。 第1 事案の概要:被上告人は、旧優生保護法に基づき昭和3…