未破裂脳動脈りゅうの存在が確認された患者がコイルそく栓術を受けたところ,術中にコイルがりゅう外に逸脱するなどして脳こうそくが生じ,死亡した場合において,(1)その治療が予防的なものであったこと,(2)医療水準として確立していた療法としては,当時,開頭手術とコイルそく栓術が存在していたこと,(3)担当医師は,コイルそく栓術の術中に動脈りゅうが破裂した場合には救命が困難であり,このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるということなどの知見を有していたことがうかがわれること,(4)患者が開頭手術を選択した後の手術予定日の前々日のカンファレンスにおいて,開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したことなど判示の事実関係の下では,上記カンファレンスの結果に基づき,その翌日にコイルそく栓術を実施した担当医師が,同手術を実施することの承諾を患者から得るに当たって,上記の知見や上記カンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点の具体的内容についての説明をした上で,開頭手術とコイルそく栓術のいずれを選択するのか,いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与えたか否かなどの点を確定することなく,担当医師に説明義務違反がないとした原審の判断には,違法がある。
未破裂脳動脈りゅうの存在が確認された患者がコイルそく栓術を受けたところ術中にコイルがりゅう外に逸脱するなどして脳こうそくが生じ死亡した場合において担当医師に説明義務違反がないとした原審の判断に違法があるとされた事例
民法709条
判旨
予防的術式において、医療水準として確立した複数の療法が存在する場合、医師は各術式の利害得失や経過観察等の各選択肢について、患者が熟慮し判断できるような具体的説明を行う義務を負う。
問題の所在(論点)
予防的療法の選択にあたり、医師が複数の術式の利害得失や最新の検討結果をどの程度具体的に説明すべきか。特に、既存の術式(開頭手術)の具体的困難性が判明した場合に、代替案(コイル塞栓術)との比較検討の機会を与える義務の有無が問題となる。
規範
医師は、診療契約に基づき、原則として患者に対し、病状、手術内容、付随する危険性、代替治療の有無と利害得失等について説明義務を負う。特に、医療水準として確立した術式が複数存在する予防的療法の場合、いずれも受けずに経過観察する選択肢を含め、患者自身の生き方や生活の質に関わる判断を尊重すべきである。したがって、医師は各術式の違いや利害得失(合併症の性質や対処の難易等)について、患者が熟慮の上で選択できるよう分かりやすく説明する義務がある。また、術直前の検討で判明した具体的なリスクについても、改めて比較検討の機会を与えるべき説明義務を負う。
重要事実
患者Aは未破裂脳動脈瘤に対し、当初は開頭手術を希望していた。しかし、手術直前のカンファレンスにて、動脈瘤が脳に埋没しており開頭手術は貫通動脈等を閉塞させる危険が高い(困難である)ことが判明した。医師らはAに対し、開頭手術の危険を告げてコイル塞栓術を勧めたが、以下の点については十分に説明しなかった。(1)開頭手術は合併症時の対処が容易だが、コイル塞栓術は術中破裂時の救命が困難であるという各術式の特性、(2)再検討で判明した開頭手術の具体的な困難性。医師らはカンファレンス翌日にコイル塞栓術を実施したが、術中にコイルが逸脱し、Aは脳梗塞により死亡した。
あてはめ
本件動脈瘤の治療は予防的なものであり、緊急性がないため時間的余裕があった。医師らは、開頭手術が「合併症時の対処が容易」である一方、コイル塞栓術は「侵襲は少ないが術中破裂時の救命が困難で結局開頭が必要になる」という、担当医師が当然有すべき各術式の対比知見を説明すべきであった(評価:各療法の違い・利害得失の提示不足)。また、直前の検討で判明した開頭手術の具体的困難性は、Aが術式を再選択する上での重要事項である。それにもかかわらず、具体的リスクの比較検討や保存的療法の選択肢について熟慮する機会を改めて与えなかったことは、説明義務を尽くしたとはいえない(評価:熟慮機会の付与不足)。
結論
医師らの説明は不十分であり、説明義務違反の有無について、具体的知見の説明や熟慮機会の付与があったかを更に審理させるため、原判決を破棄し差し戻す。
実務上の射程
予防的治療(未破裂病変等)において、術前検討により当初の予定術式のリスクが具体化した場合には、代替案の提示だけでなく、双方の術式のメリット・デメリットを対比して説明し、患者に再考の機会(インフォームド・コンセント)を保障しなければならない。
事件番号: 平成18(受)1632 / 裁判年月日: 平成20年4月24日 / 結論: 破棄差戻
1 チーム医療として手術が行われる場合,チーム医療の総責任者は,条理上,患者やその家族に対し,手術の必要性,内容,危険性等についての説明が十分に行われるように配慮すべき義務を有する。 2 チーム医療として手術が行われ,チーム医療の総責任者が患者やその家族に対してする手術についての説明を主治医にゆだねた場合において,当該…