判旨
労働者災害補償保険法上の業務起因性が認められるためには、業務と疾病との間に相当因果関係が必要であり、その立証は特定の事実が当該結果を招来したという高度の蓋然性を証明することを要する。本件の医学的知見では、じん肺と肺がんの一般的因果関係や、本件労働者の個別的事情による因果関係を肯定するには足りず、業務起因性は否定された。
問題の所在(論点)
粉じん作業やそれに起因するじん肺・肺結核と、後に発症した原発性肺がんとの間に、業務上の疾病と認められるだけの相当因果関係(業務起因性)が認められるか。
規範
労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付等の支給要件である「業務上の死亡」(業務起因性)が認められるためには、業務と傷病・死亡との間に相当因果関係が存在することを要する。その立証は、特定の事実が特定の結果を招来したという関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されることを要し、それは通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つものであることを必要とする(ルンバール事件判例等参照)。
重要事実
労働者Aは、約15年間にわたり粉じん作業に従事し、じん肺(管理三イ)および肺結核に罹患した。その後、Aは右下肺野に肺がん(腺偏平上皮がん)を発症して死亡した。Aは27年間にわたり1日20本程度の喫煙を続ける重喫煙者(ブリンクマン指数540)であった。遺族である上告人が遺族補償給付等を請求したが、所轄労働基準監督署長は、Aのじん肺管理区分が「管理四」相当ではないこと等を理由に不支給決定とした。
あてはめ
医学的知見において、石綿肺を除くじん肺と肺がんとの間に直接の因果関係を認める定説はなく、疫学的因果関係も確証されていない。また、結核性瘢痕からのがん発生(瘢痕がん)についても仮説の域を出ず、一般的因果関係が明らかではない。本件において、Aには肺がんのリスクを顕著に高める重度の喫煙習慣という非業務的因子が存在し、これが発症に影響した可能性を否定できない。これらの事情を総合すると、粉じん作業が直接・間接に肺がんを招来したという関係に「高度の蓋然性」があるとはいえず、通常人が疑いを差し挟まない程度の確信を得るには不十分である。
結論
本件粉じん作業ないしじん肺等と肺がんとの間の相当因果関係を認めることはできず、死亡の業務起因性は否定される。
事件番号: 平成7(行ツ)53 / 裁判年月日: 平成11年10月12日 / 結論: 棄却
長年にわたりセメント原料等による粉じんの飛散している事業場等においてアーク溶接作業に従事しじん肺管理区分が管理三イと認められるじん肺及びこれに合併する肺結核にり患した労働者が原発性肺がんにより死亡した場合において、粉じん作業ないしじん肺と肺がんとの間の病理学的、疫学的因果関係の存否につき専門家の見解が分かれており、けい…
実務上の射程
労災認定における因果関係の立証程度(高度の蓋然性)を確認した事例。医学的知見が未確立な分野において、通達(局長通達)の合理性を肯定しつつ、喫煙等の私的因子の影響を重視して因果関係を否定する答案構成のモデルとなる。
事件番号: 平成6(行ツ)200 / 裁判年月日: 平成9年4月25日 / 結論: 破棄自判
配電工が、業務に従事中に、クレーンのワイヤーが切れ、ワイヤー、フック、電柱等の重量物が地上約三メートルの高さから付近に落下し、顔面に軽度の負傷をするという事故に遭った日の二日後に、非外傷性の脳血管疾患を発症し、その翌日に死亡した場合において、右配電工は、右発症の基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定し難いが、…
事件番号: 平成12(行ヒ)320 / 裁判年月日: 平成16年9月7日
【結論(判旨の要点)】労働者が基礎疾患を有していた場合であっても、業務が客観的にみて特に過重であり、それが基礎疾患を自然の経過を超えて急激に悪化させたと認められるときは、業務と疾病との間に相当因果関係が認められる。 第1 事案の概要:貿易会社の営業員である上告人(当時37歳)は、過去に十二指腸潰瘍の既往症があった。上告…
事件番号: 平成12(行ヒ)320 / 裁判年月日: 平成16年9月7日 / 結論: 破棄自判
ヘリコバクター・ピロリ菌感染という基礎疾患及び慢性十二指腸かいようの既往症を有する貿易会社の営業員が海外出張中にせん孔性十二指腸かいようを発症した場合につき,上記営業員が4日間にわたる国内出張後,重要な外国人顧客に同行して12日間に六つの国と地域を回り,休日もなく連日商談,接待等のため長時間の勤務を続けており,これによ…
事件番号: 平成10(行ツ)107等 / 裁判年月日: 平成12年7月17日
【結論(判旨の要点)】業務上の疾病に該当するか否かの判断において、業務と発症との間に相当因果関係が認められる場合には、労働基準法上の災害として認められる。 第1 事案の概要:上告人の従業員であったAは、高血圧性脳出血を発症した。原審において、当該疾患の発症とAが従事していた業務との間には、その内容や負担に照らして相当因…