1 平成25年から平成27年にかけて行われた、物価変動率のみを直接の指標として基準生活費を一律に減ずることをその内容に含む、生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)中の生活扶助基準の改定は、次の⑴~⑷など判示の事情の下では、その厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり、生活保護法3条、8条2項に違反して違法である。 ⑴ 生活扶助基準の改定については、中央社会福祉審議会が昭和58年12月に公表した意見具申を踏まえ、昭和59年度以降、水準均衡方式(当時の生活扶助基準が一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当であるとの評価を踏まえ、当該年度に想定される一般国民の消費動向を踏まえると同時に、前年度までの一般国民の消費実態との調整を図る方式)が採用されている。 ⑵ 上記意見具申においては、物価は、そのままでは消費水準を示すものではないので、生活扶助基準の改定に当たり参考資料にとどめるべきものとされている。 ⑶ 社会保障審議会の生活保護基準部会が平成25年1月に公表した報告書は、厚生労働省において生活扶助基準の見直しを検討する際には、同報告書の評価及び検証の結果を考慮し、その上で他に合理的説明が可能な経済指標を総合的に勘案する場合はその根拠についても明確に示すことを求めている。 ⑷ 生活扶助基準の水準と一般国民の生活水準との間に生じていた不均衡を是正するために物価変動率のみを直接の指標として用いることについて、社会保障審議会の生活保護基準部会等による審議検討は経られていない。 2 平成25年から平成27年にかけて、物価変動率のみを直接の指標として基準生活費を一律に減ずることをその内容に含む、生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)中の生活扶助基準の改定が行われた場合において、次の⑴~⑸など判示の事情の下では、上記改定につき国家賠償法1条1項にいう違法があったということはできない。 ⑴ 厚生労働省社会・援護局長の下に設置された検討会が平成19年11月に公表した報告書において、生活扶助基準額が一般低所得世帯における生活扶助相当支出額(消費支出額から家賃、医療等の生活扶助に相当しないものを除いたもの)より高い状態にある旨の指摘があった。 ⑵ 平成20年9月のリーマンショックに端を発する世界的な金融危機が我が国の実体経済に大きな影響を及ぼし、同年頃から平成23年頃にかけて、物価、賃金、家計消費がいずれも下落していた。 ⑶ 厚生労働大臣は、平成20年度から平成24年度までの生活扶助基準について水準均衡方式(採用当時の生活扶助基準が一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当であるとの評価を踏まえ、当該年度に想定される一般国民の消費動向を踏まえると同時に、前年度までの一般国民の消費実態との調整を図る方式)による改定をしなかった。 ⑷ 平成24年8月に施行された社会保障制度改革推進法附則2条1号において、政府は生活保護制度に関し生活扶助の給付水準の適正化その他の必要な見直しを早急に行うものとする旨が規定されていた。 ⑸ 社会保障審議会の福祉部会内に設置された専門委員会が平成15年12月に公表した中間取りまとめにおいて、生活扶助基準の改定の指標の在り方について検討の必要性が指摘され、消費者物価指数の伸びを上記指標とすることも考えられるとされていた。 (1につき補足意見、1、2につき反対意見がある。)
1 生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)中の生活扶助基準の改定が生活保護法3条、8条2項に違反して違法であるとされた事例 2 生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)中の生活扶助基準の改定につき国家賠償法1条1項にいう違法があったということはできないとされた事例
(1、2につき)生活保護法3条、生活保護法8条、生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号。平成27年厚生労働省告示第268号による改正前のもの)別表第1第1章 (2につき)国家賠償法1条1項
判旨
生活扶助基準の改定において、物価変動率のみを直接の指標としてデフレ調整を行った厚生労働大臣の判断は、専門的知見との整合性を欠き、裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものとして違法である。もっとも、直ちに国家賠償法上の違法性が認められるわけではなく、職務上の注意義務に違反して漫然と改定を行ったとはいえない場合には損害賠償請求は否定される。
事件番号: 令和5(行ヒ)397 / 裁判年月日: 令和7年6月27日 / 結論: その他
1 平成25年から平成27年にかけて行われた、物価変動率のみを直接の指標として基準生活費を一律に減ずることをその内容に含む、生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)中の生活扶助基準の改定は、次の⑴~⑷など判示の事情の下では、その厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり、生活保護法3条…
問題の所在(論点)
1. 生活扶助基準の改定に係る厚生労働大臣の裁量権の範囲とその審査手法。 2. 物価変動率のみを指標としたデフレ調整の適法性。 3. ゆがみ調整における2分の1処理の適法性。 4. 保護基準改定の違法が直ちに国家賠償法上の違法を構成するか。
規範
生活保護法3条、8条2項が定める最低限度の生活は抽象的・相対的概念であり、その具体化は厚生労働大臣の広範な裁量に委ねられる。裁判所は、判断過程及び手続に過誤・欠落があるかという観点から、統計等の客観的数値との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無を審査する。物価変動率を直接の指標とする場合は、消費実態把握の限界を踏まえ、専門的知見に基づいた十分な説明がなされる必要がある。また、国家賠償法1条1項の違法性は、大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさず漫然と改定を行った場合に認められる。
重要事実
厚生労働大臣は、平成25年から27年にかけて生活扶助基準を改定した(本件改定)。内容は、一般低所得世帯との較差を是正する「ゆがみ調整」と、物価下落を反映させる「デフレ調整」から成る。ゆがみ調整では検証結果の2分の1のみを反映する「2分の1処理」がなされ、デフレ調整では特定の「生活扶助相当CPI」に基づき一律4.78%の減額がなされた。被保護者らは、本件改定に基づく保護変更決定の取消しと国家賠償を求めて提訴した。
あてはめ
ゆがみ調整は、児童世帯への影響配慮や統計上の限界を理由とする2分の1処理に合理性があり、適法である。しかし、デフレ調整は、物価が消費の関連要素にすぎず、昭和58年意見具申でも「参考資料」とされていた点に鑑みれば、物価変動率のみを直接の指標として基準を一律に減ずることは、従来の水準均衡方式との連続性を欠く。大臣は、専門部会(基準部会)の審議を経るなど合理性を基礎付ける専門的知見に基づいた十分な説明を行っておらず、判断過程に過誤・欠落がある。したがって、裁量権の逸脱・濫用として生活保護法に違反する。他方、国賠法上は、基準の適正化の必要性自体には合理的関連性が認められ、物価指標の検討の必要性も指摘されていた状況下では、大臣が注意義務に違反して「漫然と」改定したとまではいえない。
結論
デフレ調整は生活保護法に違反し、これに基づく保護変更決定は取り消されるべきであるが、国家賠償請求は、職務上の注意義務違反が認められないため棄却される。
実務上の射程
生活保護基準改定の司法審査において「判断過程審査」の枠組みを維持しつつ、特に「統計指標の選択」における専門的知見との整合性を厳格に要求した。取消訴訟と国家賠償請求で違法の評価を分けた実務上重要な射程を有する。
事件番号: 平成22(行ヒ)367 / 裁判年月日: 平成24年4月2日 / 結論: その他
生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)の改定に係る厚生労働大臣の判断の適否に関し,(1)老齢加算に見合う高齢者の特別な需要の有無に係る評価については統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等につき,(2)3年間の段階的な減額を経て廃止す…
事件番号: 平成22(行ツ)392 / 裁判年月日: 平成24年2月28日 / 結論: 棄却
生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)の改定は,次の(1)〜(3)など判示の事情の下においては,その改定に係る厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえず,生活保護法3条又は8条2項の規定に違反しない。 (1)ア 上記改定開始の5年前には,…
事件番号: 令和5(行ヒ)276 / 裁判年月日: 令和7年7月17日 / 結論: 破棄差戻
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(令和4年法律第76号による改正前のもの)20条1項に基づく介護給付費の支給決定に係る申請を却下する処分がされた場合において、次の⑴~⑷など判示の事情の下では、上記処分が違法であるとした原審の判断には、市町村の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った結果、受けることが…
事件番号: 平成29(行ヒ)292 / 裁判年月日: 平成30年12月18日 / 結論: 破棄自判
勤労収入についての適正な届出をせずに不正に保護を受けた者に対する生活保護法(平成25年法律第104号による改正前のもの)78条に基づく費用徴収額決定に係る徴収額の算定に当たり,当該勤労収入に対応する基礎控除の額に相当する額を控除しないことは,違法であるとはいえない。 基礎控除:昭和36年4月1日付け厚生事務次官通知「生…