被害者を被保険者とする人身傷害条項のある自動車保険契約を締結していた保険会社が,被害者との間で,上記条項に基づく保険金について自動車損害賠償責任保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払う旨の合意(いわゆる人傷一括払合意)をし,上記条項の適用対象となる事故によって生じた損害について被害者に対して金員を支払った後に自動車損害賠償責任保険から損害賠償額の支払を受けた場合において,保険会社が上記保険金として保険給付をすべき義務を負うとされている金額と同額を支払ったにすぎないなど判示の事実関係の下では,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額から,保険会社が上記金員の支払により保険代位することができる範囲を超えて上記損害賠償額の支払金相当額を控除することはできない。
被害者を被保険者とする人身傷害条項のある自動車保険契約を締結していた保険会社が,被害者との間でいわゆる人傷一括払合意をし,上記条項の適用対象となる事故によって生じた損害について被害者に対して金員を支払った後に自動車損害賠償責任保険から損害賠償額の支払を受けた場合において,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額から上記損害賠償額の支払金相当額を全額控除することはできないとされた事例
民法91条,民法第3編第2章 契約,民法709条,自動車損害賠償保障法16条1項
判旨
保険会社が人身傷害保険金を支払う際、自賠責保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払う旨の合意があっても、特段の事情がない限り、被保険者が自賠責保険の受領権限を保険会社に委任したとは認められず、人身傷害保険金の支払のみがなされたと解すべきである。したがって、保険会社が後に受領した自賠責保険金の全額を、被保険者の加害者に対する損害賠償請求権から控除することはできない。
問題の所在(論点)
人身傷害保険金の一括払合意がある場合に、保険会社が支払った金員に自賠責保険金が含まれるとみなして、保険会社が後に受領した自賠責保険金全額を、被害者の加害者に対する損害賠償請求権から控除できるか。
規範
人身傷害保険金の一括払合意がある場合であっても、保険会社が約款上の給付義務額と同額を支払ったにすぎないときは、特段の事情がない限り、人身傷害保険金のみが支払われたと解するのが当事者の合理的意思に合致する。また、保険会社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受けることができる範囲は、保険代位(約款の代位条項)により取得した債権の範囲に限られる。したがって、保険代位の範囲を超えて、保険会社が受領した自賠責保険金を被害者の損害賠償請求権から控除することは認められない。
重要事実
被害者である上告人は、交通事故により頸椎捻挫等の傷害を負い(過失割合3割)、加害者である被上告人に損害賠償を求めた。上告人は、夫が契約する保険会社から、自賠責保険分を含む一括払の合意に基づき、約款算定基準による損害額から既払金を控除した額(本件支払金)を受領した。その後、保険会社は自賠責保険から本件自賠金を受領した。原審は、一括払合意により受領権限の委任があったとして本件自賠金の全額を控除したが、上告人はこれを不服として上告した。
あてはめ
本件約款では自賠責未受領時の保険金額は所定基準で算定される。一括払合意があっても給付義務額と同額の支払である以上、被害者は人身傷害保険金のみを受領したと理解するのが通常である。また、代位条項によれば、過失相殺がある場合、保険会社が代位取得できる債権は支払額を下回る。自賠責受領分の全額控除を認めると、保険会社が追加払いをしない限り被害者の損害補填に不足が生じ、契約者の合理的意思に反する。さらに、本件の請求書等の記載も代位取得の確認に留まり、受領権限の委任を認めるに足りない。
結論
被害者が受領権限を委任したとは認められず、本件支払金は全額が人身傷害保険金として支払われたものといえる。よって、保険会社が保険代位により取得した範囲を超えて、受領した自賠責保険金を損害賠償額から控除することはできない。
実務上の射程
人身傷害保険の一括払実務において、保険会社が自賠責分を回収したとしても、それが被害者の損害賠償請求権を消滅させる範囲は「訴訟基準による全損害額(過失相殺前)から人身傷害保険金を差し引いた残額」を上回る部分に限定される(いわゆる裁判基準差額説・東京地判平13.3.20参照)。
事件番号: 平成20(受)12 / 裁判年月日: 平成20年10月7日 / 結論: 破棄差戻
Yが運転する車両との衝突事故により傷害を負ったXが,Xの父が保険会社との間で締結していた自動車保険契約の人身傷害補償条項に基づき保険金の支払を受けた場合において,上記保険金の支払をもってYの損害賠償債務の履行と同視することはできないこと,上記保険契約にはいわゆる代位に関する約定があり,上記保険会社は上記保険金の支払によ…