1 就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきである。 2 合併により消滅する信用協同組合の職員が,合併前の就業規則に定められた退職金の支給基準を変更することに同意する旨の記載のある書面に署名押印をした場合において,その変更は上記組合の経営破綻を回避するための上記合併に際して行われたものであったが,上記変更後の支給基準の内容は,退職金総額を従前の2分の1以下とした上で厚生年金制度に基づく加算年金の現価相当額等を控除するというものであって,自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高かったことなど判示の事情の下で,当該職員に対する情報提供や説明の内容等についての十分な認定,考慮をしていないなど,上記署名押印が当該職員の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くすことなく,上記署名押印をもって上記変更に対する当該職員の同意があるとした原審の判断には,違法がある。
1 就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無についての判断の方法 2 合併により消滅する信用協同組合の職員が,合併前の就業規則に定められた退職金の支給基準を変更することに同意する旨の記載のある書面に署名押印をした場合において,上記変更に対する当該職員の同意があるとした原審の判断に違法があるとされた事例
(1,2につき)労働基準法2条1項,労働契約法3条1項,労働契約法8条,労働契約法9条
判旨
賃金や退職金等の重要な労働条件を不利益に変更する合意の効力については、単に労働者の同意の意思表示があるだけでは足りず、当該変更によりもたらされる不利益の内容や程度、経緯、情報提供の内容等に照らし、労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる客観的合理的な理由が必要である。
問題の所在(論点)
就業規則に定められた退職金等の重要な労働条件を労働者に不利益に変更する合意がなされた際、形式的な署名・押印が存在すれば、直ちに当該合意は有効と認められるか。
規範
労働条件の変更に関する個別の合意(労働契約法8条、9条本文)について、変更内容が賃金や退職金といった重要な事項である場合、労働者が使用者の指揮命令下にあり情報収集能力にも限界があることに鑑み、同意の有無は慎重に判断すべきである。具体的には、①不利益の内容・程度、②合意に至る経緯・態様、③提供された情報の質・内容等を総合考慮し、その同意が「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」場合に限り、有効と認められる。
重要事実
経営破綻の懸念からB組合に吸収合併されたA組合の職員(上告人ら)は、退職金の計算基準を従来の半分以下にするなどの不利益変更(本件基準変更)を含む「同意書」に署名した。しかし、事前の説明会での資料には「同一水準を保障する」旨の記載があり、実際には自己都合退職時の受給額が0円になる可能性が高いこと、内枠方式(控除)の維持によりB組合の既存職員と著しく均衡を欠くこと等の具体的な不利益については十分な説明がなされていなかった。原審は、同意書への署名等があることをもって直ちに合意の有効性を認めた。
あてはめ
本件における退職金の大幅な減額は、上告人らにとって極めて重大な不利益である。この点、管理職上告人らが署名した背景には「合併実現に必要」との説明があったが、計算式のみの説明では「受給額が0円になる可能性」や「既存職員との著しい不均衡」という具体的な不利益までは理解できていたとはいえない。説明会資料の「水準保障」との矛盾も解消されていない。そうであれば、情報提供が不足した状態での署名捺印のみをもって、自由な意思に基づく合意があったと認めるに足りる客観的合理的な理由が存在するとは断定できない。
結論
原審の判断には審理不尽・法令適用の誤りがある。形式的な同意の有無だけでなく、自由な意思を基礎付ける客観的状況を審理させるため、破棄差戻しとする。
実務上の射程
労働条件不利益変更の同意の有効性判断における「自由な意思」の法理(山梨県貨物自動車運送事件の枠組み)を、賃金・退職金という中核的労働条件の変更全般に適用することを再確認した重要な判例である。
事件番号: 昭和56(オ)1173 / 裁判年月日: 昭和58年7月15日 / 結論: 棄却
就業規則たる退職金支給規定の一方的変更が、従業員に対し変更実施日以降の就労期間は退職金算定の基礎勤続年数に算入されなくなるという不利益を課するものであるにもかかわらず、その代償となる労働条件が何ら提供されず、また、右不利益を是認させるような特別の事情もないときは、右変更は合理的なものということができず、従業員に対し効力…
事件番号: 昭和60(オ)728 / 裁判年月日: 平成元年9月7日 / 結論: その他
就業規則に退職金は支給時の退職金協定によると定められている場合、右就業規則を補充するものとして所轄労働基準監督署長に届け出られた退職金協定の支給基準は、就業規則の一部となつているものであつて、退職金協定が有効期間の満了により失効しても当然には効力を失わず、退職金協定の失効後に退職し適用すべき協定のない労働者については、…