昭和33年当時,(1)石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における労働者の石綿肺り患の実情が相当深刻なものであることが明らかとなっていたこと,(2)局所排気装置の設置が上記の工場等における有効な粉じん防止策であったこと,(3)我が国において局所排気装置の設置等に関する実用的な知識及び技術の普及が進み,局所排気装置の製作等を行う業者及び局所排気装置を設置する工場等も一定数存在していたこと,(4)労働省の委託研究の成果として局所排気に関するまとまった技術書が発行され,労働省労働基準局長が同年5月26日付けで石綿に関する作業につき局所排気装置の設置の促進を指示する通達を発していたことなど判示の事情の下では,労働大臣が昭和46年4月28日まで労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使して罰則をもって局所排気装置を設置することを義務付けなかったことにつき,上記の工場等の実情に応じて有効に機能する局所排気装置を設置し得るだけの実用的な工学的知見が確立していなかったことを理由に上記の省令制定権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえないとした原審の判断には,違法がある。
労働大臣が石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における石綿関連疾患の発生防止のために労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例
判旨
労働大臣が昭和33年頃以降、旧労働基準法に基づく省令制定権限を適切に行使して石綿工場における局所排気装置の設置を義務付けなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上、違法である。他方、石綿の抑制濃度の規制値設定や防じんマスクの使用義務付けに関する権限不行使については、著しく合理性を欠くとまでは認められず、違法とはいえない。
問題の所在(論点)
労働大臣が、(1)省令により石綿工場への局所排気装置の設置を義務付けなかったこと、(2)石綿の抑制濃度をより厳しい数値に設定しなかったこと、(3)防じんマスクの使用・教育を直接義務付けなかったことが、国家賠償法1条1項の適用上違法となるか。
規範
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的やその権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、被害者との関係において国家賠償法1条1項の適用上違法となる。特に、労働者の生命・身体の危険を防止するための権限は、技術の進歩や最新の医学的知見に適合するよう、適時にかつ適切に行使されるべきものである。
重要事実
大阪府泉南地域の石綿工場に従事した労働者らが石綿肺等の疾患に罹患した。昭和33年頃には、石綿肺の深刻な被害実態が判明し、有効な対策としての局所排気装置に関する実用的な技術的知見も確立されていた。労働省は通達で設置を推奨したが、罰則を伴う省令による義務付けは昭和46年の特定化学物質等障害予防規則制定まで行われず、その間の設置率は低迷し、労働環境の改善は進まなかった。
あてはめ
(1)昭和33年当時、石綿肺の被害は深刻で、局所排気装置の設置が可能かつ有効な段階に達していた。それにもかかわらず、罰則を伴う義務付けを怠り普及が進まなかったことは、許容限度を逸脱して著しく合理性を欠く。(2)抑制濃度の規制値は当時の専門的知見(日本産業衛生学会の勧告等)に基づき段階的に強化されており、著しく合理性を欠くとはいえない。(3)防じんマスクは局所排気装置等の補助的手段であり、既存の安全衛生教育義務等を通じて相当程度使用が確保される状況にあったため、直接の義務付け欠如が直ちに違法とはならない。
結論
局所排気装置の設置義務付けを怠った点については国家賠償法上の違法が認められるが、粉じん濃度規制および呼吸用保護具に関する権限不行使については違法とはいえない。
実務上の射程
規制権限の不行使が問題となる国家賠償請求訴訟において、専門的技術的知見の成熟度と被害の重大性を対比させて「著しい合理性の欠如」を論じる際のリーディングケースである。特に生命・身体への危害防止という目的から、適時適切な権限行使義務を厳格に認めた点に射程がある。
事件番号: 平成31(受)491 / 裁判年月日: 令和3年5月17日 / 結論: その他
屋外の建設現場における石綿含有建材の切断,設置等の作業に従事する者が石綿粉じんにばく露したことにより肺がんにり患した場合において,次の⑴~⑶など判示の事情の下では,建材メーカーが,昭和50年から平成2年までの期間に,自らの製造販売する石綿含有建材を使用する上記作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていること…
事件番号: 平成13(受)1760 / 裁判年月日: 平成16年4月27日 / 結論: 棄却
1 炭鉱で粉じん作業に従事した労働者が粉じんの吸入によりじん肺にり患した場合において,炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情及びじん肺に関する医学的知見の変遷を踏まえて,じん肺を炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し,これを施策の対象とするじん肺法が成立したこと,そのころまでには,さく岩機…