壁面に吹き付けられた石綿が露出している建物で昭和45年から平成14年まで勤務していた間にその石綿の粉じんにばく露したことにより悪性胸膜中皮腫に罹患した者の相続人が,同建物の所有者に対し,民法717条1項ただし書の規定に基づく損害賠償を求める訴訟において,原審が,同建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになったのはいつの時点からであるかを明らかにしないまま,昭和45年以降の時期における同建物の設置又は保存の瑕疵の有無について,平成7年に一部改正された政令及び平成17年に制定された省令の規定による規制措置の導入をも根拠にして直ちに判断をしたことには,審理が尽くされていない違法がある。
原審が,壁面に吹き付けられた石綿が露出している建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった時点を明らかにしないまま,同建物の設置又は保存の瑕疵の有無について判断したことに審理不尽の違法があるとされた事例
民法717条1項
判旨
土地工作物の瑕疵の有無を判断するにあたって、法令上の規制等の行政的対応が時と共に変化している場合には、当該工作物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるに至った時点を特定した上で、当該時点以降の曝露と損害との間の相当因果関係を審理すべきである。
問題の所在(論点)
建物壁面に露出した吹付け石綿が、民法717条1項の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に当たるか否かの判断基準、及びその判断にあたっての時点的要素の考慮の要否。
規範
民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。吹付け石綿の粉じん曝露による健康被害の危険性に関する科学的知見、一般人の認識、及び法令上の規制等の行政的対応は時と共に変化するものである。したがって、工作物責任の成否は、当該建築物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるに至ったのはいつの時点であるかを確定した上で、その時点以降の曝露と疾病発症との間の相当因果関係を検討して判断すべきである。
事件番号: 平成21(受)17 / 裁判年月日: 平成22年6月1日 / 結論: 破棄自判
売買契約の目的物である土地の土壌に,上記売買契約締結後に法令に基づく規制の対象となったふっ素が基準値を超えて含まれていたことは,(1)上記売買契約締結当時の取引観念上,ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず,(2)上記売買契約の当事者間において,上記土地が備えるべ…
重要事実
被害者Aは、昭和45年から平成14年まで本件建物の店舗で勤務していた。本件建物の壁面には、有害性の強いクロシドライトを含有する吹付け材が露出しており、鉄道高架下の振動により昭和61年頃以降は粉じんの飛散が目立っていた。Aは石綿粉じんに曝露し、中皮腫に罹患して自殺した。石綿の有害性については、昭和49年に警告書籍が出版され、昭和60年代以降に対策の必要性が指摘されるようになり、平成7年にはクロシドライトの製造等が禁止されるなど、段階的に規制が強化されてきた。
あてはめ
原審は、吹付け石綿による健康被害の指摘がなされてきた過程を説示しながらも、本件建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるに至った「時点」を明確にしていない。また、平成7年の政令改正や平成17年の省令制定といった後発的な規制措置を根拠に、昭和45年以降の瑕疵の有無を直ちに判断している。しかし、安全性の評価は知見や規制の変化を反映すべきであり、どの時点で瑕疵が生じたかを特定しなければ、当該瑕疵とAの発症との間の相当因果関係を正しく判断することはできない。したがって、時点の特定を欠いたまま瑕疵を認めた原審の判断は、審理不尽といえる。
結論
本件建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるに至った時点を証拠に基づき特定させるため、原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
石綿による健康被害のように、経時的に科学的知見や法的規制が深化していく事案における工作物責任の判断枠組みを示した。被害発生から長期間が経過している場合、瑕疵の存否を一律に判断せず、社会通念上の安全性が要求されるに至った「基準時」の特定が不可欠であることを明確にしている。
事件番号: 平成13(受)1759 / 裁判年月日: 平成16年4月27日 / 結論: 棄却
1 雇用者の安全配慮義務違反によりり患したじん肺によって死亡したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は,死亡の時から進行する。 2 じん肺による死亡に基づく損害額の算定において,じん肺法所定の管理区分に相当する病状に基づく損害賠償請求権の消滅時効が完成しているとしても,上記死亡に基づく損害を,上記病状に基づく損害と…
事件番号: 平成13(受)1760 / 裁判年月日: 平成16年4月27日 / 結論: 棄却
1 炭鉱で粉じん作業に従事した労働者が粉じんの吸入によりじん肺にり患した場合において,炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情及びじん肺に関する医学的知見の変遷を踏まえて,じん肺を炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し,これを施策の対象とするじん肺法が成立したこと,そのころまでには,さく岩機…