債権者甲信用金庫、債務者乙間の元本六〇万円の準消費貸借契約に関し、丙が丁の代理人として右債務につき連帯保証をした場合において、丁がかつて丙に他の契約の補正に関連して実印を交付し代理権を与えたことがあつたにすぎず、右連帯保証につき代理権を与えたことがなかつたとしても、甲は右連帯保証がされる約一年二か月前に丁の連帯保証のもとに借主を乙名義として丙に四〇万円を貸与した際、直接丁に保証の意思を確かめたことがあり、かつ、その際、契約書に押捺された丁の印影が右準消費貸借の連帯保証における丁の印影と同一である等判示の事情があつたときは、甲が後の連帯保証に際し直接丁に保証の意思を確かめなかつたとしても、特段の事情がないかぎり、甲が丙に代理権ありと信ずるにつき正当の理由があり、かつ、過失はないものというべきである。
民法一一〇条および一一二条による表見代理につき相手方に過失がないとされた事例
民法110条,民法112条
判旨
印鑑の交付による代理権授与の事実がある場合、過去に同様の保証債務について本人に意思確認を行い真正に成立した経緯があれば、今回の取引において直接の意思確認を欠いても、特段の事情のない限り「正当な理由」が認められる。
問題の所在(論点)
民法110条(権限外の行為の表見代理)における「正当な理由」の成否。特に、過去に同様の取引実績がある場合に、本人への直接の意思確認を欠いたことが過失(正当な理由の否定)につながるか。
規範
特定の取引に関連して実印を交付することは、特段の事情のない限り、当該取引に関する代理権を授与したものと解される。また、民法110条の「正当な理由」の存否については、過去の取引態様、印影の同一性、債務額の差異等の諸事情を総合考慮して判断すべきであり、過去の適法な取引実績に照らして代理権があると信じるに足りる客観的事由がある場合には、直接の本人確認を欠いても正当な理由が認められ得る。
重要事実
本人(被上告人)は、弟Eが公庫から借入を行う際の書類補正等のため、Eに実印を預けた。Eはこれを利用し、Dを債務者、本人を連帯保証人とする準消費貸借契約を債権者(上告人)との間で締結した。その約1年前、EがD名義で借入れをした際も本人は連帯保証人となっており、その時は債権者が本人に直接意思確認を行っていた。今回の契約における本人の印影は前回と同一であり、保証額も前回40万円、今回60万円と大差なかった。債権者は今回は本人への直接確認を行わなかった。
あてはめ
まず、書類補正のために実印を交付した事実は、特段の事情がない限り代理権の授与(基本代理権)にあたる。次に、正当な理由についてみるに、わずか1年余り前に、同一の印鑑を用い、ほぼ同額の保証債務について本人への直接確認を経て適法に取引が行われた実績がある。債権者が、今回の印影が前回と同一であることから、本人の代理人Eにより適法に連帯保証がなされたと信じたことには合理性がある。したがって、本件のように過去の適法な取引を基礎とする信頼がある場合には、直接の意思確認を欠いても、特段の事情のない限り「正当な理由」があるものと認められる。
結論
債権者が本人に直接意思確認を行わなかったとしても、直ちに「正当な理由」が否定されるわけではない。原審が本人確認の欠如のみをもって過失ありとした判断は、法令の解釈を誤ったものである。
実務上の射程
民法110条の「正当な理由」を論じる際、本人確認の有無は重要な考慮要素であるが、本判例は、過去の取引実績や印鑑の管理状況等の文脈次第で、確認を省略したとしても善意無過失が認められ得ることを示している。答案上は、相手方の調査確認義務を過度に絶対視せず、個別具体的な信頼の根拠を摘示する際に活用できる。
事件番号: 昭和40(オ)1325 / 裁判年月日: 昭和41年10月11日 / 結論: 棄却
(省略)