判旨
じん肺による損害賠償請求権の消滅時効は、病状が進行し質的に異なる損害が発生する特質に鑑み、最終の行政上の決定を受けた時から進行する。また、財産上の損害を別途請求しない旨を宣明している場合の慰謝料額の算定は、社会通念上相当な範囲に留まる必要があり、労働能力喪失等の実態を十分に考慮すべきである。
問題の所在(論点)
1. 進行性疾患であるじん肺を理由とする損害賠償請求権の消滅時効の起算点(「権利を行使し得る時」)はいつか。 2. 財産上の損害を別途請求しない場合の慰謝料額算定において、裁判所の裁量権の限界をいかに解すべきか。
規範
1. 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効(民法167条1項、166条1項)は、権利を行使し得る時から進行する。進行性の疾患であるじん肺においては、病状の悪化に伴い質的に異なる損害が発生するため、最終の行政上の決定(管理区分決定等)を受けた時点を時効の起算点とする。 2. 慰謝料額の認定は裁判所の裁量に属するが、他に財産上の損害を請求しない旨を訴訟上宣明している場合、その裁量権の行使は、社会通念により相当として容認され得る範囲に限定される。
重要事実
炭鉱従業員であった上告人らが、粉じん吸入によりじん肺に罹患したとして、雇用主であった被上告人に対し安全配慮義務不履行に基づく損害賠償を請求した。上告人らの中には、最初の行政上の決定(管理区分決定)から10年以上経過した後に提訴した者が含まれており、時効の起算点が争点となった。また、上告人らは慰謝料のみを請求し、別途財産上の損害を請求しない旨を表明していたが、原審が認定した慰謝料額(管理4該当者で1000万〜1200万円等)が低額すぎるとして争われた。
あてはめ
1. じん肺はじん肺法上の管理区分が上がるにつれ、病状が不可逆的に進行し、日常生活への支障も質的に変化する。最初の軽い決定の時点で、将来の重篤な状態に基づく損害まで予見・請求することは医学的に不可能である。したがって、全損害が最初の決定時に発生したとみるのは疾病の実態に反し、重い決定を受けた時点から新たな損害賠償請求が可能になると解すべきである。 2. 管理4該当者は重篤な呼吸困難や合併症により、労働能力を完全に喪失し、あるいは死亡に至るなど精神的苦痛は甚大である。他に財産上の請求をしない以上、認定された慰謝料額が一般の不法行為による死亡・労働能力喪失の場合と比較して著しく低額であることは、経験則・条理に反し、裁量権の範囲を逸脱している。
結論
事件番号: 平成1(オ)1667 / 裁判年月日: 平成6年2月22日 / 結論: その他
一 雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺にかかったことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行する。 二 炭鉱労務に従事してじん肺にかかった者又はその相続人が、雇用者に対し、財産上の損害の賠償を別途請求する意思のない旨を訴訟上明らかにして慰謝料の支払を…
1. じん肺による損害賠償請求権の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行する。 2. 財産上の請求を留保しない場合の慰謝料算定において、損害の実態を十分に反映しない低額な認定は裁量権の逸脱として違法となる。
実務上の射程
進行性疾患(アスベスト被害等)における時効起算点の判断基準として重要である。また、損害項目を慰謝料に一本化して請求する実務上の手法(いわゆる「慰謝料方式」)において、その算定が財産的損害を補完する機能を持つことを示唆しており、裁判所の裁量統制の枠組みとして活用できる。
事件番号: 平成13(受)1759 / 裁判年月日: 平成16年4月27日 / 結論: 棄却
1 雇用者の安全配慮義務違反によりり患したじん肺によって死亡したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は,死亡の時から進行する。 2 じん肺による死亡に基づく損害額の算定において,じん肺法所定の管理区分に相当する病状に基づく損害賠償請求権の消滅時効が完成しているとしても,上記死亡に基づく損害を,上記病状に基づく損害と…
事件番号: 平成13(受)1760 / 裁判年月日: 平成16年4月27日 / 結論: 棄却
1 炭鉱で粉じん作業に従事した労働者が粉じんの吸入によりじん肺にり患した場合において,炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情及びじん肺に関する医学的知見の変遷を踏まえて,じん肺を炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し,これを施策の対象とするじん肺法が成立したこと,そのころまでには,さく岩機…