令和7年 司法試験 論文式試験 公法系科目 第2問
問題文と公式資料を一つにまとめ、出題の趣旨と採点実感の要点をすぐ確認できる学習ページです。
問題文と公式資料を一つにまとめ、出題の趣旨と採点実感の要点をすぐ確認できる学習ページです。
〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕(1)、〔設問1〕(2)、〔設問2〕の配点割合は、35:15: 50〕) Aは、B市内の郊外において、鶏を500羽以上飼養する施設(以下「本件養鶏場」という。) を令和6年9月に設置し、本件養鶏場で生産された鶏卵を販売している。本件養鶏場は、悪臭防止 法第3条にいう規制地域内にあり、本件養鶏場から40メートル離れた場所には、Cが所有する一 戸建て住宅(以下「本件住宅」という。)がある。高齢であるCは、本件住宅に1人で居住してい たが、本件養鶏場設置前の同年8月に、本件住宅内で転倒して骨折し、B市に隣接するD市内の病 院に入院した。令和7年1月以降、Cは同市内の介護老人保健施設に入所している。そのため、本 件住宅は、現に居住している者がいない状態が続いている。 令和6年10月、B市に対して、Aによる本件養鶏場の設置について市民から情報提供があった。 そのため、B市の担当職員Eは、Aとの間で事実確認を行った上で、Aに対し、本件養鶏場がB市 生活環境保全条例(以下「本件条例」という。)第29条第1項の特定家畜飼養施設に該当するに もかかわらず、同項所定の設置届出書が提出されていないこと、また、同条第2項の規定により、 本件住宅の居住者Cの同意を得る必要があることを告げた。これを受けて、Aは同月中に設置届出 書を提出したが、Cの同意を得ていなかった。Eがこの点について質問したところ、Aは、Cは本 件住宅に居住しているとはいえないから、そもそも同意を得る必要はないと主張した。これに対し、 Eは、Cの住民票上の住所は本件住宅の所在地のままとなっており、Cは一時的に本件住宅を離れ ているにすぎないことを指摘した。しかし、Aは、Cの同意を得る必要はないとする立場を崩さな かった。 B市は、令和6年11月以降、本件養鶏場の敷地境界線の地表における臭気測定を毎月実施した。 本件養鶏場の所在地についての悪臭防止法第4条第1項第1号に基づく規制基準では、アンモニア の許容限度は1ppmとされているところ、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアン モニアが計測されるようになった。また、同年3月には、本件養鶏場から65メートル離れた場所 に居住する住民Fが、本件養鶏場から自宅に向かって風が吹いてきた場合には不快な臭いが感じら れることがあるとの意見をB市に提出した。そこで、B市は、同年4月、同法第20条第1項に基 づいて本件養鶏場の立入検査を実施しようとしたが、Aはこれを拒否した。 令和7年5月7日、B市長は、Aに対し、本件条例第32条に基づく勧告(以下「本件勧告」と いう。)を行った。本件勧告は、同年6月16日までに、本件条例第29条第2項違反の状態を解 消するための措置をとること(以下「勧告事項1」という。)、本件養鶏場について悪臭防止法第 20条第1項に基づく立入検査に応じること(以下「勧告事項2」という。)、本件養鶏場は不快 な臭いにより周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるため、施設の運用の改善、設 備の改良等、悪臭の原因となる物質の排出を減少させる措置をとること(以下「勧告事項3」とい う。)を求めるものであった。しかし、Aは、いずれの勧告事項についても、それに対応した措置 をとることはなかった。 令和7年7月1日、B市長は、Aに対し、B市行政手続条例の規定(行政手続法第30条と同旨 の規定である。)に基づき、弁明の機会の付与の通知を行った。この通知には、Aが本件勧告に従 わなかったことを理由として、Aに対して本件条例第33条第1項に基づく指示(以下「本件指 示」という。)を発する予定であること、本件指示の内容は、指示発出後40日以内に勧告事項1 ~3に対応した措置をとることを求めるものであること、弁明書の提出期限は同月15日であるこ とに加えて、本件指示に従わない場合には本件条例第34条に基づく公表を行う方針であることが 記載されていた。 この事態に至ってAは、本件条例第34条に基づく公表が行われた場合には、本件養鶏場で生産 された鶏卵の販売に支障が生じるおそれがあるのではないか、さらに、Aの養鶏業者としての信用 や社会的評価が害されるのではないかと考えた。そこで、Aは、弁護士Gの事務所を訪問し、同事 務所に所属する弁護士Hと面談した。以下に示された【法律事務所の会議録】は、令和7年7月7 日に、本件についてG及びHが会議を行った際の記録である。これを踏まえて、Gの指示に応じる Hの立場に立って、設問に答えなさい。 なお、関係法令の抜粋を、【資料 関係法令】に掲げてあるので、適宜参照しなさい。 〔設問1〕 (1) 本件勧告及び本件指示が抗告訴訟の対象となる処分に当たるか否かについて、「1本件勧告は 処分性を有しないが2本件指示は処分性を有する」という立場では、どのような主張をすべきか。 1及び2のそれぞれについて想定される反対の見解の論拠を踏まえて検討しなさい。 (2) Aが本件指示の差止訴訟(行政事件訴訟法第3条第7項)を提起した場合、「重大な損害を生 ずるおそれ」(同法第37条の4第1項本文)は認められるか、検討しなさい。解答に当たって は、本件指示が抗告訴訟の対象となる処分に当たることを前提にしなさい。 〔設問2〕 Aが本件指示に対する抗告訴訟を適法に提起した場合、本件指示の前提となる本件勧告が違法で あることについて、Aはどのような主張をすべきか。想定されるB市の反論を踏まえて検討しなさ い。解答に当たっては、本件勧告に手続的違法はないことを前提にしなさい。 【法律事務所の会議録】 弁護士G:本件条例は法律の委任に基づかずに制定されたものですが、地方公共団体が環境保全の見 地から条例を制定すること自体は、当然に禁止されるものではありません。まずは、本件条 例の規定そのものは適法であるという前提で考えてみましょう。 弁護士H:そうすると、本件養鶏場は本件条例第29条第1項の特定家畜飼養施設に該当し、本件条 例第32条の要件を充足する場合には、同条に基づく指導又は勧告が可能になります。 弁護士G:本件勧告についてはB市行政手続条例の規定による弁明の機会の付与がされなかったので、 B市は、本件指示は処分であるが、本件勧告は処分でないと考えているのでしょう。 弁護士H:本件勧告は行政指導なので、処分性がないということではないでしょうか。 弁護士G:処分性に関しては、行政指導の性格を有する病院開設中止勧告が抗告訴訟の対象となる処 分に当たることを認めた最高裁判決(最高裁判所平成17年7月15日第二小法廷判決・民 集59巻6号1661頁)がありますので、この判決がいかなる理由で処分性を認めたのか を明らかにした上で、本件勧告の処分性についても同様に考えることができるのか否かを検 討する必要があるでしょう。他方で、本件条例の規定をみると、罰則が全くありません。そ のため、本件勧告はもちろん本件指示も処分に当たらないという見方もあるかもしれません。 弁護士H:罰則がないことは処分性の有無にとって決定的とはいえませんし、本件条例第33条第1 項に基づく指示に従わない者に対しては本件条例第34条に基づく公表が予定されています ので、指示の処分性を認めることができるように思います。 弁護士G:それでは、本件勧告は処分性を有しないが、本件指示は処分性を有するという考え方につ いて、それがどのような論拠に基づくものであるか、整理してください。 弁護士H:拝承しました。 弁護士G:本件条例第33条第1項に基づく指示の処分性が認められる場合、本件では一定の処分た る本件指示がされようとしているといえますから、その差止訴訟を提起できるかどうかが論 点になり得ますね。 弁護士H:差止訴訟の訴訟要件に関しては、公立学校の教職員に対する懲戒処分の差止訴訟において 行政事件訴訟法第37条の4第1項本文の「重大な損害を生ずるおそれ」があるとした最高 裁判決(最高裁判所平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁)があり ます。 弁護士G:それでは、その最高裁判決の判示内容を踏まえて、本件指示の差止訴訟を提起した場合に 「重大な損害を生ずるおそれ」の要件が充足されるかどうかについて、まとめておいてくだ さい。本件では指示の発出後直ちに公表が行われるわけではないようですので、その点にも 注意して検討してください。 弁護士H:そのように検討いたします。 弁護士G:提起すべき訴訟が差止訴訟になるにせよ、取消訴訟になるにせよ、本案においては、本件 勧告が適法であるかどうかが主要な争点になります。本件勧告が違法であるとする立場から は、どのように論じればよいでしょうか。 弁護士H:本件勧告には3つの勧告事項があり、勧告事項1及び2は、本件条例第32条のうち「特 定家畜飼養施設がこの条例、悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」という要件 に該当することを前提にしたものとみられます。 弁護士G:それでは、勧告事項1及び2との関係では、当該要件の該当性が認められるかどうかとい う観点で検討してみましょう。まず、勧告事項1は、AがCの同意を得ておらず、本件養鶏 場が本件条例第29条第2項に違反していることを理由とするものですね。もっとも、Cは 本件住宅に現に居住しておらず、本件住宅に居住者はいないのではないかという点が問題に なります。この点については、そもそも規制距離内の住宅に居住者がいない場合には同項の 違反はないと解されるのではないでしょうか。 弁護士H:本件条例第29条第2項にいう居住者を、規制距離内の住宅に現に居住している者と解す ると、Cは居住者に当たらないことになります。他方で、B市は、住宅から一時的に離れて いるにすぎない者は居住者に該当するという立場をとっています。本件養鶏場が設置された 令和6年9月の時点では、Cは一時的に本件住宅を離れていたにすぎないといえなくもあり ません。 弁護士G:仮に本件養鶏場の設置当時においてCが本件条例第29条第2項にいう居住者に該当して いたとしても、本件勧告がされた時点においては、同項の違反はないと論じることはできな いでしょうか。 弁護士H:令和7年1月からCが入所している介護老人保健施設は長期間の入所を想定した施設では ありませんので、Cが本件住宅に戻ってくる可能性はあったとも思われますが、実際には本 件住宅に人が住んでいない状態が継続しています。このような状況に鑑みると、少なくとも 本件勧告がされた時点においては、Cは居住者ではなくなっており、本件条例第29条第2 項の違反もないと主張することも可能ではないかと思います。 弁護士G:次に、勧告事項2についてはどうでしょうか。 弁護士H:勧告事項2は、悪臭防止法第20条第1項に基づく立入検査の拒否を理由にするものです。 これに関しては、まず、Aが立入検査を拒否したからといって、本件養鶏場が本件条例第3 2条にいう「悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」に当たるのかという問題が あるように思います。また、本件養鶏場について同法第20条第1項に基づく立入検査を行 うことができるのか、すなわち、同項は、同法第8条第1項の規定による措置に関して立入 検査を行うことを認めていますが、本件の事実関係の下では同法第8条第1項の要件が充足 されていないのではないかという問題もあるように思います。ただし、同項の要件が充足さ れていない場合であっても、事案によっては立入検査を行うことができるという考え方もあ るかもしれません。 弁護士G:仮に悪臭防止法第20条第1項の規定の違反があるとしても、これについては同法に定め る措置によって対処すべきではないかという問題もありますね。このような見地から本件条 例第32条に定める要件の該当性は認められないとする主張も考えてみてください。最後に、 勧告事項3は、本件条例第32条のうち「当該特定家畜飼養施設に係る周辺地域の生活環境 を損なうおそれがあると認められるとき」という要件に該当することを前提にしたものです ね。 弁護士H:本件では悪臭防止法第4条第1項第1号に基づく規制基準に適合しない状態が確認されて おらず、本件養鶏場の臭いという点では、本件条例第32条のうち「特定家畜飼養施設がこ の条例、悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」という要件の該当性は認められ ないと考えられます。このような場合において、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあ ると認められるとき」に当たるかが問題になると思います。他方、B市は、本件養鶏場の敷 地境界線の地表において、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計 測されている点と、周辺住民のFから本件養鶏場の臭いについて意見が出された点に着目し て、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」という要件の該当性を 主張することが予想されます。 弁護士G:B市はこの要件の認定について裁量が認められると主張するでしょうから、仮にそのよう な立場に立った場合、Aとしてはどう論じるべきかという観点からの検討もお願いします。 弁護士H:お任せください。 【資料 関係法令】 〇 悪臭防止法(昭和46年法律第91号)(抜粋) (目的) 第1条 この法律は、工場その他の事業場における事業活動に伴つて発生する悪臭について必要な規 制を行い、その他悪臭防止対策を推進することにより、生活環境を保全し、国民の健康の保護に資 することを目的とする。 (定義) 第2条 この法律において「特定悪臭物質」とは、アンモニア(中略)その他の不快なにおいの原因 となり、生活環境を損なうおそれのある物質であつて政令で定めるものをいう。 2 (略) (規制地域) 第3条 都道府県知事(市の区域内の地域については、市長。次条(中略)において同じ。)は、住 民の生活環境を保全するため悪臭を防止する必要があると認める住居が集合している地域その他の 地域を、工場その他の事業場(以下単に「事業場」という。)における事業活動に伴つて発生する 悪臭原因物(特定悪臭物質を含む気体又は水その他の悪臭の原因となる気体又は水をいう。以下同 じ。)の排出(中略)を規制する地域(以下「規制地域」という。)として指定しなければならな い。 (規制基準) 第4条 都道府県知事は、規制地域について、その自然的、社会的条件を考慮して、必要に応じ当該 地域を区分し、特定悪臭物質の種類ごとに次の各号の規制基準を当該各号に掲げるところにより定 めなければならない。 一 事業場における事業活動に伴つて発生する特定悪臭物質を含む気体で当該事業場から排出され るものの当該事業場の敷地の境界線の地表における規制基準 環境省令で定める範囲内において、 大気中の特定悪臭物質の濃度の許容限度として定めること。 二、三 (略) 2 (略) (改善勧告及び改善命令) 第8条 市町村長は、規制地域内の事業場における事業活動に伴つて発生する悪臭原因物の排出が規 制基準に適合しない場合において、その不快なにおいにより住民の生活環境が損なわれていると認 めるときは、当該事業場を設置している者に対し、相当の期限を定めて、その事態を除去するため に必要な限度において、悪臭原因物を発生させている施設の運用の改善、悪臭原因物の排出防止設 備の改良その他悪臭原因物の排出を減少させるための措置を執るべきことを勧告することができる。 2~5 (略) (報告及び検査) 第20条 市町村長は、第8条第1項(中略)の規定による措置に関し必要があると認めるときは、 当該事業場を設置している者に対し、悪臭原因物を発生させている施設の運用の状況、悪臭原因物 の排出防止設備の設置の状況、(中略)その他悪臭の防止に関し必要な事項の報告を求め、又はそ の職員に、当該事業場に立ち入り、悪臭の防止に関し、悪臭原因物を発生させている施設その他の 物件を検査させることができる。 2~4 (略) 第28条 第20条第1項の規定による報告をせず(中略)又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、 若しくは忌避した者は、30万円以下の罰金に処する。 〇 B市生活環境保全条例(抜粋) (目的) 第1条 この条例は、市民が健康で文化的な生活を営むことのできる良好な環境を確保するため、健 康又は生活環境に係る被害を防止すること等により、市民の福祉の増進に寄与することを目的とす る。 (特定家畜飼養施設設置の届出) 第29条 周辺地域における生活環境に影響を及ぼすおそれがある施設として別表で定める家畜及び 飼育数〔(注)別表では、「鶏」については「500羽以上」と定められている。〕を飼養する施 設(以下「特定家畜飼養施設」という。)を設置しようとする者は、あらかじめ設置届出書その他 の書類を市長に提出しなければならない。 2 特定家畜飼養施設は、別表で定める規制距離〔(注)別表では、鶏を500羽以上飼養する施設 については、近隣の住宅から距離が「50メートル」とされている。〕内に設置してはならない。 ただし、当該規制距離内の住宅の居住者の同意があるとき(中略)は、この限りではない。 3、4 (略) (指導及び勧告) 第32条 市長は、特定家畜飼養施設がこの条例、悪臭防止法(昭和46年法律第91号)、(中 略)の規定に適合していないとき、又は当該特定家畜飼養施設に係る周辺地域の生活環境を損なう おそれがあると認められるときは、当該特定家畜飼養施設の設置者に対し、必要な措置をとるべき ことを指導し、又は勧告することができる。 (指示) 第33条 市長は、特定家畜飼養施設の設置者が正当な理由なく前条の規定による指導又は勧告に従 わなかったときは、当該設置者に対し、必要な措置をとるべきことを指示することができる。 2 市長は、前項の規定による指示をしようとするときは、あらかじめB市生活環境審議会の意見を 聴かなければならない。 (公表) 第34条 市長は、前条第1項の規定による指示を受けた特定家畜飼養施設の設置者がその指示に従 わなかったときは、その旨を公表することができる。 (審議会) 第37条 市長は、第33条第1項の規定による指示その他この条例の施行について必要な事項を審 議させるため、B市生活環境審議会(以下「審議会」という。)を置く。 2 審議会は、委員10人以内をもって組織する。 3 審議会の委員は、次に掲げる者のうちから市長が委嘱する。 一 学識経験を有する者 二 識見を有する市民 三 その他市長が適当と認める者