令和7年 司法試験 論文式試験 民事系科目 第2問
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〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、30:45:25〕) 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。 1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、電子機器の製造及び販売等を目的とする株式会社で あり、その発行する株式を東京証券取引所(グロース)に上場している。甲社は、種類株式発行 会社ではなく、監査役会設置会社であって、その総資産額は100億円である。甲社ではここ数 年、営業赤字が続いていた。 甲社の代表取締役はAであり、取締役としてAのほかにB、C、D及びEがおり、Eは社外取 締役である。また、甲社の内規(職務権限規程)によれば、5000万円以上の取引については 取締役会の承認が必要とされているところ、これまでに5000万円未満の取引の承認が甲社の 取締役会の議題とされたことはなかった。 2.乙株式会社(以下「乙社」という。)は、甲社が製造している製品の主要な出荷先の一つであ る。甲社は、令和5年2月、乙社の担当者から、これまでとは全く別の規格の電子機器αを継続 的に大量生産して乙社に供給することが可能かどうかを検討してほしいと依頼され、その試作品 の検討及び開発を始めた。 その後、甲社において電子機器αの試作品を開発する中で、甲社の工場にある既存の機械設備 で電子機器αを生産することは少量であれば可能であるものの、大量生産することは困難であり、 乙社と新たな供給契約を締結するためには特殊な工業用機械βの購入及び設置が必要であって、 そのための費用が4000万円掛かることが判明した。また、工業用機械βには汎用性がなく、 電子機器αの生産以外の用途には転用できないものであった。 3.乙社と電子機器αに関する供給契約を締結するためには新たな設備投資が必要になることを踏 まえて、甲社の取締役会ではその対応をめぐって複数回協議がされた。甲社の取締役会において は、1回の設備投資の額として4000万円は過大ではないかとの意見もあったが、令和5年1 0月、電子機器αに関する供給契約の締結は甲社に大きな利益をもたらすと見込まれることや、 甲社における乙社の重要性からすれば、基本的には乙社の依頼に応じる方向で検討すべきである という方針(以下「本件方針」という。)が確認された。その際に、社外取締役であるEが、 「工業用機械βには汎用性がなく、他の用途には転用できないのであるから、これを購入して設 置する前に、乙社と供給契約について協議してその内容を確認し、甲社が不測の損害を被らない よう最善の注意を尽くすべきである。」との意見を述べた。B、C及びDもEの意見に賛同した ことから、同月の時点では、取締役会において本件方針が確認されたにとどまり、工業用機械β を購入して設置することについては、乙社との今後の協議の結果を踏まえて改めて取締役会で承 認を得るものとされた。 4.Aは、本件方針を踏まえ、令和5年11月、電子機器αの試作品を示して乙社と供給契約につ いて協議することを試みた。ところが、乙社の担当者は、示された試作品の品質に難色を示し、 「この程度の品質ではとても御社とは契約することができない。供給契約について今後協議を開 始する前提として、まずはもっと品質の良い試作品を作ってもらう必要がある。」との意見をA に伝えるとともに、「実は、御社以外にも電子機器αの供給の検討をお願いした会社があり、我 が社と供給契約を締結することができるのは1社だけなので、もし契約を勝ち取りたいと真剣に 考えるのであれば、品質の良い試作品を急ぎ用意することをお勧めする。」とAに告げた。 こうした中、Aは、甲社に大きな利益をもたらすことが見込まれる乙社との供給契約の締結の 機会を逃すわけにはいかないと考えるとともに、令和5年12月上旬に「既存の機械設備ではこ れ以上の品質の試作品を製作することは困難だが、工業用機械βを設置して製作すれば現状より も品質が向上することが見込まれる。」とする甲社の従業員のレポートが示されたことを受け、 同月中旬、取締役会に諮ることなく工業用機械βを購入して設置し、甲社はその費用として40 00万円を支払った。Aは、緊急性があることから工業用機械βの購入及び設置に当たり事前に 取締役会に諮ることをしなかったが、乙社との供給契約の締結の重要性及び甲社の内規で取締役 会の承認が必要とされているのは5000万円以上の取引であることも考慮すれば、同年10月 の甲社の取締役会におけるEの発言を踏まえても、次回の取締役会で速やかに事後承認が得られ るだろうと考えていた。しかし、同年12月下旬に開催された甲社の取締役会では、工業用機械 βを購入して設置したAの対応は強く非難され、工業用機械βを購入して設置したことにつき取 締役会の事後承認は得られなかった。 5.乙社は、令和6年1月、甲社に対し、他社と電子機器αに関する供給契約を締結したので甲社 とは新たな供給契約を締結しない旨を連絡した。そのため、設置された工業用機械βは、使われ ることのないまま甲社の工場で保管されている。 〔設問1〕 甲社の監査役であるFが、令和6年2月、甲社を代表して、Aに対し、工業用機械βの購入に 係る責任を追及する訴えを提起した場合に、甲社の立場において考えられる主張及びその主張の 当否について、論じなさい。 下記6から11までにおいては、上記2から5までの事実は存在しないことを前提として、〔設問 2〕に答えなさい。 6.甲社では、平成24年6月の定時株主総会の決議により、取締役の報酬の総額の上限額が年額 1億円と定められるとともに、各取締役の報酬の具体的な配分が取締役会に一任されていた。ま た、甲社の取締役会は、株主総会から一任された各取締役の報酬の具体的な配分を毎年代表取締 役に再一任していた。令和4年度に支払われた報酬の年額は、Aが3000万円、B、C及びD がそれぞれ2000万円、Eが1000万円であった。 7.Aは、同種の海外企業と比較して、日本企業の経営者の報酬が低すぎると考えていた。そこで、 Aは、令和5年4月に開催された甲社の取締役会に、取締役の報酬の総額の上限額を年額3億円 とし、各取締役の報酬の具体的な配分を取締役会に一任する旨の議案(以下「本件議案」という。) を定時株主総会に上程することを諮り、可決された。 8.令和5年6月に適法に招集された甲社の定時株主総会では、株主から「営業赤字が続いている 今、なぜ取締役の報酬を増やす必要があるのか。」との質問があったが、Aは、「同業他社との 競争が激しくなっているため、今後はより優秀な人材を獲得して取締役に就任してもらう必要が あるが、今のままでは報酬額が低く優秀な人材を獲得することができない。また、同業他社と比 べても報酬額が低いという我が社の現状を踏まえれば、現在の取締役の勤労意欲の向上を図ると いう観点も欠かすことはできない。これらの事情を総合的に考慮し、取締役の報酬の総額の上限 額を増やす必要がある。」と回答した。甲社提案の本件議案は、上記定時株主総会で可決された。 9.上記定時株主総会の日の翌日に開催された甲社の取締役会において、各取締役の報酬の具体的 な配分について協議がされ、甲社の従来の慣行及び決定方針に従い、各取締役の報酬の具体的な 配分を代表取締役であるAに再一任する旨の決議がされた。 10.その後、Aは、今後は取締役の報酬の支払に関する事務を甲社の外部に委託することとし、各 取締役に支払われる報酬の額を甲社の従業員に容易には知られないようにした。その上で、Aは、 自らの報酬の年額を前年度の3000万円から2億円増額して2億3000万円とし、B、C、 D及びEの報酬の年額は前年度と同額とする旨の決定(以下「本件報酬額決定」という。)をし、 実際にその額が甲社から各取締役に1年分の報酬として支払われた。 11.Aは、本件報酬額決定に基づく増額後の自らの報酬額を他の取締役に明らかにしたり、取締役 会に報告したりすることを一切しなかったため、令和6年5月に、甲社の取締役会に諮られる有 価証券報告書の案文においてAの報酬の年額が2億3000万円であったことが記載されるまで、 Aが自らの報酬額だけを増額していたことは、甲社の他の取締役や監査役に気付かれなかった。 その後、自らの報酬額だけを大幅に増額したAによる本件報酬額決定は、甲社の取締役会で強く 非難された。 〔設問2〕 甲社の監査役であるFが、令和6年6月、甲社を代表して、Aに対し、Aが本件報酬額決定を して増額した報酬を受領したことについての責任を追及する訴えを提起した場合に、甲社の立場 において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。 下記12以下においては、上記2から11までの事実は存在しないことを前提として、〔設問3〕に 答えなさい。 12.Gは、長年にわたって甲社の株式を保有する個人株主であり、自らが所有する多数の不動産か ら得られる収入によって生計を立てており、自らは営業を行っておらず、また、甲社と競合する 事業を営む会社の株式又は持分は一切保有していない。Gは、令和6年4月時点で、甲社の総株 主の議決権の約3.2%に相当する数の株式を保有している。 13. Gは、令和6年3月、甲社におけるAの独断専行に不満を持つ甲社の従業員から、Aが令和5 年7月から9月にかけて自らの親族の語学留学のための費用を海外調査費用の名目で甲社に負担 させていた旨の情報を得た。そこで、Gは、同年7月から9月までの期間に甲社が海外調査費用 として支出した金銭の使途を調査し、その調査結果次第ではAの責任を問う株主代表訴訟を提起 することも視野に入れた上で、甲社に対し、当該調査を目的とすることを明示して会計帳簿及び これに関する資料の閲覧又は謄写の請求(以下「本件請求」という。)をした。甲社は、Gの意 図を察知したAの指示により本件請求に応じなかったため、Gは、令和6年4月、本件請求に係 る訴えを提起した。 14. 甲社の取締役会は、令和6年5月、経営状態の悪化により事業継続のための緊急の資金が必要 であることを理由に、甲社と長年付き合いのある丙株式会社(以下「丙社」という。)に対する 募集株式の第三者割当て(募集株式の数は発行済株式の総数の10%に相当する数であり、払込 金額は時価である。以下「本件増資」という。)を決定した。本件増資は、その旨の公示がされ た上で、同月末日までにその効力が生じた。もっとも、同月の時点では、甲社の経営状態が従来 と比べて悪化していたことは事実であったものの、甲社は特に使う当てのない多額の預貯金を有 していたことから、事業継続のための緊急の資金が必要であるという状態にはなかった。また、 本件増資を決定した甲社の取締役会において、本件増資を速やかに実施すべきであると述べて終 始議論を主導したのはAであった。 15. 本件増資の結果、令和6年5月末日の時点で、丙社は甲社の総株主の議決権の約14%に相当 する数の株式を保有する一方で、Gは甲社の総株主の議決権の約2.9%に相当する数の株式を 保有することとなり、丙社及びGの甲社の株式の保有状況については、令和7年3月までに変動 はなかった。なお、本件増資の効力を争う旨の訴えは、同月までに提起されていない。 〔設問3〕 令和7年3月に本件請求に係る訴えの事実審の口頭弁論が終結した。本件請求が認められるか 否かについて、論じなさい。なお、社債、株式等の振替に関する法律所定の手続は、適法に行わ れていたものとする。また、甲社の定款には、会計帳簿及びこれに関する資料の閲覧又は謄写の 請求について、別段の定めはないものとする。